mukofungoj ĉiuloke

 変形菌はどこにでも
 

死せるサーバ、生ける屍を走らす(サーバいれかえの話)

どうも生ける屍です。「……」となりがちなおしせまる個人的状況のなか、某おんぼろサーバが逝去されやがりました。社会運動への貢献ふくめいろんなものをホストしてたのに。慟哭。なきながらというのはウソですが、今週末は徹夜作業コースでしたとも、ええ。わかってます。環境を冗長化してないのがいけないんです。でもいつもいきあたりばったり対応でしのくだけの余裕しかないんです。いまもまだ不具合のこしたままのテイタラク。ハードディスクが生きていたのが不幸中の幸いでしたが、それでもダメの累積状況にドミノ倒し的効果あり。

さて、今回おせわになったのは CentOS。いれかえにつかった計算機がデュアルCPU×64bit対応だったので(旧サーバにくらべてなんてゼータク)、64bit対応版いれちまいました。CentOS は「RHELクローン」ではあるものの、コミュニティベースで開発がすすむ GNU/Linux のひとつ。コミュニティ発 OS という意味では Debian と双璧をなすディストロなのです。

しかしワタクシ、いつまでこーいう「突貫工兵」やってるのかしらん。息たえるまでか……と妄想しつつ、とりもなおさずフリーソフトウェア運動への深甚なる感謝の気持ちをここに表明いたします ;-)

追伸:今日はこちらでお会いしましょう。
 
 

コルトとカワイ

コルトとカワイ、音楽産業労働者的団結! 遠征準備に奔走したみなさん、ごくろうさまでした。(おれなんもしてないのに、コルト闘争遠征団から缶バッジをちゃっかりもらってしまった……)

コルト・コルテック(韓国)の労働者は世界中のギターをたくさんつくってきた。そのコルト労働者による No Wokers, No Music というスローガンが、音楽産業資本の理不尽な体質をうきぼりにしている。楽器製作者や音楽教室の講師をつかいすてる「業界」にいったいなんの夢があるのだろう。

コルト・コルテックの争議についてはレイバーネットChamponを参照のこと。カワイ音楽教室の争議についてはfufの闘争ページを参照してください。
etikedo : 労働運動
 
 

帝国主義本国人として死ね

おれは日本帝国主義の申し子。日本人などとしてヌクヌクと生まれ育ってきたその逃れようのない歴史的規定性を自覚するからこそ戦争とファシズムと排外主義に反対するんじゃないのか。

おれは日本帝国主義の申し子。くさりきった資本主義が国境をこえて収奪しまくってきたからこそのヌクヌクじゃないのか。

おれは日本帝国主義の申し子。ようするに人の骨の髄をすすって生きながらえてきただけの存在じゃないのか。

おれは日本帝国主義の申し子。オトシマエはいったいどうしたんだ。オマエはいったいどこにいるんだ。

おれは日本帝国主義の申し子。この在日特権ド帝国主義本国人が恥を知れ。

おれは日本帝国主義の申し子。死ね。
 
 

Mac mini (ppc) + Debian GNU/Linux (lenny/squeeze)

ノートブックの液晶が死亡したため、自宅で使える計算機がなくなってしまった。しょうがないのでハードディスクが死んだまま休眠させていた Mac mini(PowerPC)を復活させるかってんで、秋葉原で 2.5 inch(Ultra-ATA)のハードディスクを購入。

で、やっぱりこう思うわけだ。どうせ OS のクリーンインストールするのに、ただ Mac mini を Mac として復活させるだけでは芸がない。われらが Debian が PowerPC に対応しているではないか :-)

(一瞬 NetBSD や OpenBSD のことも頭をかすめたが、これからまたひとり追究するのはめんどうなのでなかったことにした)

というわけで(?)買ってきたディスクのパーティションきり、Mac OS X と Debian GNU/Linux のデュアルブートな環境に。後者の環境ではキーマップに一部おかしなところがあるが、それはおいおい直すとして、Xfceのデスクトップ環境でま〜サクサク動いてくれること。あくまで体感だけど、Mac OS X(Tiger)より速い気がする。

なお、インストールに使用したのは PowerPC 用の netinst CD(→CDイメージの一覧)。ほんとは ext4 がサポートされている squeeze の CD からいれるつもりだったが、この CD に収録されているインストーラではなぜか swap 領域のマウントに失敗するのであきらめた。いったん lenny の基本システムだけをいれて squeeze にアップグレード。それからもろもろアプリいれてみたところ、というのがただいまの状況。
 
 

OmniBook XE3 + Debian GNU/Linux (Squeeze)

だいぶ前の話になるけれど、送ってもらった OmniBook XE3、そのままもらっちゃうことになりました。某さんありがとう。

で、これもけっこう前のことですが、OSとしてぶちんこんでおいた Debian GNU/Linux Lenny を Squeeze にアップグレード。とくに問題なし。ブラッブなサウンドカードのファームウェアも継続して稼動してて、ストリーミングラジオ聞きながらテキスト書きにつかってます。

ソースコードがねえじゃねかコラァなファームウェア問題については、さすがに Debian では討議がなされているもよう。討議を煮詰めて投票(→意思決定)。そのあたりは General Resolution: Lenny and resolving DFSG violations 参照のこと。英語イヤンな人はムトゥ神(→解説)の超訳を。趨勢の解説も。(関係ないけど料理がうまそうー!)

めんどくさいことになりがちな意思決定の手続きもちゃんとやろうぜってのが Debian のいいところだと思います。内実がどうあれ、フリーソフトウェアのコミュニティに対していさぎよい「社会契約」(誓い)をたてようって態度でもう涙がにじんできますね(笑)。現実は醜悪なことのほうが圧倒的なのですから。

追記:OmniBook の液晶が逝去されました orz
 
 

リトルでビッグて、これいかに

ただいま Little Big Muff 試行錯誤中。以前はバンドメンバーに Fuzz Face を借りていたけど、こりゃコンパクトで使いまわしがいいや。それにしても、ファズで歪みの音色をつくるのは楽しいね。好きなバンドがファズの極悪歪み音色なんだから楽しくてあたりまえか。ただイコライザかましてグシャッと汚くしてるので、ファズ一本(と楽器とアンプか)で音づくりしてる人からみれば邪道かも。課題はよくばってて、サステイン短めでロウ(raw)で音圧残ってて、かつブリブリに汚く歪ませるにはどうしたらいいんじゃーつうあたりです(Fuzz Face の方が案外サクッと調整できてたような)。ロウなのにブリブリって矛盾してるんだけど、それがいいのですね。あれだよ、D-beat raw punk だよ。時代は80年代だよ。なんのこっちゃ。

「ちっさくてビッグ」ってなんじゃいって名称だけど、もともと Big Muff というファズエフェクターの名機があって、そのちっさい版というわけでこのネーミング。Little は Big Muff じたいにかかってるわけですな。でもコンパクトエフェクターだからってあなどっちゃいけません。ファズらしい音もつくれるし、ディストーション寄りの音色もフォローするすぐれもの。おまけに古いボックスだと電源が電池オンリーなのがあたりまえだったりするけど、Litte Big Muff は現代のものだけあって9VDC(マイナス)のインタフェースがついてて便利だ。

そおいえば、前にヘルプでギターひいてくれてたAOKI君(お世話になりました)、Muffは Sovtek と Electro-Harmonix のどちらも使うんだね。

いったいなんの話? や、まだバンド生きてますよという生存の主張なのであります。なんか近況聞かれるんで。ところで誰かギターやらないか? できれば初期のロウなクラストパンクがいける人。性別年齢不問。公安とファシストはお断り。
etikedo : DIYパンク
 
 

OmniBook XE3 を Debian(lenny)+LXDE でつかう

ともだちにおくってもらった HP の OmniBook XE3 GCDebian GNU/Linux 5.0 (lenny) をクリーンインストール。ディスクが10GBと容量がかぎられているため、最初にデスクトップ環境はいれず、あとから LXDE を追加してためしてみた。Lightweight というとおりマアマア軽快に動作するので、自宅でのメールのよみかきやネット徘徊はこれでいいだろう。これまでつかっていた計算機の HDD がご臨終してどうすんべとおもっていたけど、当面のツナギとしては必要十分だ。

でも自宅で制作関係の作業したい場合、Mac つかえないとこまるしなぁ。Serial ATA 全盛のいまとなっては、ふるい ATA の 2.5inch HDD って割高感がある……が、まあそのうちなんとかするしかない。
 
 

たのむからメシはだまってくってくれ

安いメシをくわせる食堂で、写真を撮っている奴を見かけるようになったのはいつごろからだろうか。携帯電話の端末どころかわざわざデジカメを使う奴さえいる。はじめみたときは何をやっているのか理解できなかったが、いまはだいたい察しがつく。ブログネタの記録なのだろう。こんにゃろう、メシはだまって早くくえ!

安いメシに気取ってみせるほどバカなことはない。粋は通用しない世界だけが大衆食堂にはある。ただひたすら腹をふくらませろ。それがメシをくうことの意味だ。味わう? 味なんかしるか。素材? 貧乏人にははじめから選択肢はない。文句があるなら自炊しろって? 低賃金労働者にはそんな気力もなく、労力かけずにメシをくったら後はただじっとして労働力の再生産を待つばかり。ようするにメシとはエサのことである。くうことが道楽になるという話は、別の世界のできごとなのだ。わが買い食いの先人たちは、まずメシをつくるひまもない銭稼ぎのために買い食いをしていた。そしてその買い食い階級こそが、幕末の世を震撼させた世直しの主体だった。

それはともかく、料簡のせまい俺は、せまくてきたないメシ屋でシャッター音をきくとにわかにイラついてくる。きっとネタの仕込みなんだろうと思うとさらにイライラしてしまう。はらがへって気が立っているということもあるのだろうが、しかしそれにしてもなぜ、安いだけでたいしてうまくもないメシにまで「B級グルメ」気分を見つけだそうとするのか、その気持ちがサッパリわからないのである。記事をかくなら文章だけでいいはずだが、とにかくカシャカシャやっている。無粋だ。早飯早糞芸のうちとはいうが(というより早飯早糞は賃労働者の習い性的な規範だ)、メシをかきこむことしかしらない無芸の労働者としては、とにかくてめえは早くくって待ち客に席をあけてやれといってやりたくなる。無芸が無粋に腹を立てるという底辺の争いだ。しかし実際くちにだしてしまえば店内の雰囲気をわるくしてしまうわけで、根性なしの俺はいつもだまって店をでる。

東京・新宿駅の西口のガード近くに、しょんべん横丁と呼ばれる飲食街がある。ほんとうは思い出横丁と焼き鳥横丁といってゲートにもそうでているのだが、失敬なことにみんなしょんべん横丁という。由来はしらない。バイト先の先輩がそういっていたから、俺もそういうことにしていた。焼け跡の闇市がどうたらとか、とわずがたりのマーケ屋の売り文句になりさがった知ったふうなお喋りはいまはどーでもいい。そんなことより、ここは焼き鳥屋や飲み屋が多いところではあるが、じつは昼間にやってるメシ屋もけっこうあるということが腹をすかせた貧乏人にとって重要なのだ。もうだいぶ記憶がくたびれているが、いわゆる一膳メシ屋が多かったはずだ。いや、膳なんて高級なものはない。トレーすらない。とにかく安く早くメシをくうのに一番合理的なつくり置きシステムの店がけっこうあったのだ。感動するほど安いわけでもないが、昼間にはそれなりの値段でそううまくもないメシをくわせる店の存在は、昼メシ戦争をたたかう賃金労働者にとってはなによりもありがたいことだった。いつだったか横丁から火事がでたというが、戦後ノスタルジー的ちんけな観光地化にも負けず、たぶんメシ屋はいまもあるだろう。いうまでもなく、新宿は労働者の街でもあるからだ。

どうも話が脱線していけない。思えば貧乏な勤労学生だったころ(いまも貧乏だが)、しょんべん横丁の近くで長らくアルバイトをしていて、ここらのメシ屋で昼メシをくうのが日課のようになっていた。貧乏人には安い早いで十分、それ以上のぞむことはなにもない。横丁主流のL字型カウンター席を踏襲するメシ屋はとうぜんせまいところがおおく、そういうところでは奥の席へととおれるように、みな気をつかって背もたれなしの丸いパイプ椅子があまり後ろにつきでないようにしながらだまってメシをくっていた。ここらじゃコの字型カウンターをもつ食堂は少数派だった。そしてとくに安い定食とかどんぶりメシとか一膳メシをだしている店じゃ長居は禁物、モシャモシャとかきこんでお茶をすすって早々に席をたつ。発することばは「ごっそさん」、または「おあいそ」の一言だけ。なじみの放言ならともかく、「うまかった」なんてご機嫌取りはしない。酔っぱらいや健啖家気取り相手のボッタクリ屋への対応ならいざしらず、注文と勘定のときだけ意思表示をするのがメシ屋をなりたたせるための客の仁義の切り方で、それ以上の口上はいらない。ワンコイン(500円)でメシをくわせるような食堂は、とにかく客が回転しなきゃやってらんねえのだ。そんなところで間抜け面さげてシャッター切ってりゃ、てめえはだまってメシをくえという無言の敵意にとりまかれることになる。

メシ屋には、焼き置きの魚(というものがある)をあぶりなおしている音だとか、みそ汁をすする音だとか、メシをかみしめる音だとか、椅子をひく音だとか、おつりの小銭をならす音だとか、そういう音だけがあればいい。無駄口もいらない。グルメライター気取りの侵略者はとっととメシくって店をでろ。メシをくうなとはいわない。くえ。ただ、くえ。そしてくったものをいちいち反芻するな。講釈たれるな。うまかったらうまかったという記憶だけ残して、またくいに行くだけで十分なのだ。

なんだかんだいって俺が理屈おおいんだよな。いかん。はやくメシくいにいこ。

追記:そういえば友だち・なかま・知り合いというべきひとのなかにも、媒体とわずメシの話を書いてるひとが何人かいるなぁ……いま思い出した。批判あれば議論すんべ。
etikedo : めし 新宿
 
 

punk solidareco

一年ぶりにシンガポールのクラスティと再会。賃労働の都合でスポットで東京にきてるだけなので、仕事がハネた夜ふけに会う。夜があけたらまた労働だそうだ。ギグやレコード屋に行く時間さえない。労働、労働、労働。みんな生きんのにヒッシだ。

このかれ、アフガンからシンガポールへの移民の子でそれなりの苦労を背負っている。911以後、シンガポール政府から親父ともども嫌がらせをうけたこともある。いまにはじまったことじゃねーけど政府はどこでも糞、糞、糞、それでも地下のパンクスの交流はなくなんねんだよこの糞やろう。protest and survive!

そういやシンガポールってデモ禁制でガス抜きさえさせないのな。数年前に短期滞在してたとき、ちょうど3月下旬だったこともあってここじゃ反戦デモないのかと念のためきいたら、「ねえよ」「示威目的で集まったらパクられんのよ」といわれたんだよなー。さすがに独裁都市国家だけのことはある。……去年一部「解禁」したってことらしいけど事実上禁制つづいてるだろうなァ。だから大日本糞帝国はマシだなんていわねえけどよ。
etikedo : DIYパンク
 
 

昼めしとデモ

昼めしを食いにでて、新宿民商と区労連が新宿通りを四谷方向へとデモっているところにでくわした。しばらくその横を歩いてシュプレッヒコールをききながら定食屋にはいる。店はできあいの一品小皿をえらんでいく大衆食堂。めしをかきこみつつ「税金はオリンピックではなく中小企業対策につかえ」というコールをはんすうしてみる。まったくそのとおりだと思う。そこに零細企業やフリーランスもくわえてくれということはさておき、30人ほどのデモ参加者のほとんどが高齢者だったなァと思いながら茶をすすって店をでた。それだけの話。
etikedo : めし デモ 新宿
 
 
おまえこそだれだ

Author:noiz
vivu anarkiisma komunismo!

 
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