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ワンコインカレーを求めて仇敵を眺む

2010
05-18
へい。今日のひるめしは500円以内でくえるカレーだ。あるでかい通りに面したお店のカレーなんだけど、店からそう遠くない場所に某警察署がそびえてる。めずらしくもない。でもあれ? なんかこの景色見たことある……って数年前に汗だくになって激励行動やった署じゃん。特定されるとやなんで詳しく書かないけど、あーーーーーーーあ、なんで思い出さなくていいこと思い出すんだよおめーはよー。カレー投げつける勇気もないので(それでなーにがギリシャだっつの)ムカムカしながらおとなしくただいま。あ、カレーはまあまあだった(食べログではけなされてたけど、おれには上等)。
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しなしなのかき揚げはまずい、だがそれでいいのだ

2010
05-17
ひさびさにめしの話。いまの職場のあたりはひるめし物価がやや高い。ちょっとこじゃれたところはたいてい1000円じゃすまなかったりする。階級が違うんだよな(事務所が引っ越す前はもっとクラスが違ってて借りてきた猫みたいになってた)。しかし小遣いのたりなそうなサラリーマンもきっと多いに違いない場所柄、そんな店ばかりでもなくて、チェーン展開の牛丼屋やラーメン屋やカレー屋とかがある。あれ、カレー屋は単独かな。いずれにしても、ここらはワンコインでめしをくえたりする。

しかし、びんぼーめしはだいたい味が濃いだけですぐに飽きてしまったりする。めしに頓着していないつもりとはいえ、あきあきしたままのひるめしは労働力の再生産にもひびくような気がする今日このごろ。いや、そんなことないか。うまいめしとされるものくったって貧乏ジャンク舌には味がわからないし、腹に入っちゃえばいっしょじゃん。え、違う?

で、今日はマンネリからはずれるべく少し歩いて探してみると、あったよチケット購入制の立ち食い系そば屋が(実際は座れる)。もりそば一枚にかき揚げ丼のセットで500円。まずい(笑)。かき揚げはつくりおきだからヌルくてしなっとしてて油がはらにもたれそうだなというあんばいだし(油とタレが衣になじみすぎてヘロヘロ)、なにもいってないのにタレもじゃぶじゃぶにかかっててシャリがあますぎるよ。そばは…ほとんどかおりがしない。めんつゆに負けるってどういうこと。そういうこと。がんばってすすってもかおりがたたない。だからなんだよ。たべるよそれでも。貧乏人はね、たいしてうまくもない、いや、はっきりいってまずいめしでも腹がふくれりゃいいんですぅだ。というようなことをわざわざ書くんだからやっぱり悔しいんだろうなおれ。もちろんそば湯はちゃんとすすって店をでた。

弁当つくれってか。そんな余力ねーもんねー。労働者は1分でも長く寝るのだ。寝ても夢なんか見ないのだ。

だいたい自宅でめし用意するっても銀シャリ、みそ汁、つけもの、納豆、それでおしまい。大豆サイコーったってこれじゃあきらかにバランス悪い。魚焼いてもいいんだけど腐らせるし(帰宅までにめし屋でめしをくってしまったりすると、日持ちの悪いのはすぐにダメになる)。惣菜は値がはるしねぇってどこまでケチってんだ。そこで夜遅くのスーパーで見切り品をあさるってか。でもそのころは疲れてるうえに空きっ腹でイライラしてるから、ついついうまくもないめし屋に行っちゃって、もう弁当のべの字もない。

いったりきたり

2010
04-18
こないだある用事があって数人で某大使館にいったんですが、大使館員らしき人がちん入してきたわたしたちを視認すると、なにげないそぶりで施錠して退路を断っていました。まあそりゃそうですよね。なんかあったら招かざる客の身柄を拘束するのも駐在武官の仕事でしょうし。でもわたしが中座して先に出ようとすると件の人物、すんなり鍵をあけてました。扉一枚へだてた向こうは他国、ただそれだけの話。

労働大好き!

2010
04-17
なわけねえんだが(→タイトル)

もっか、黄金週間が労働週間になる悪寒。ひゃっはー

いっそのことここはひたすら呪詛する労働日記にしようかな。ここの労働日記が面白く、みならいたい。

家父長の逆をいく「おとこ」

2010
03-26
主夫シガちゃん、子どもができても迎え酒のままがんばれ! しかし面接でアジとはみあげたもんだ。で、肝心の囚人連帯シャツはIRAで見たが、今月・来月は金欠が確定しているので買えない。どうか売り切れませんように。あ、ほとんどカンパのために売ってるんだから売り切れたほうがいいんだった。これだから骨の髄までコンシューマーなアホは救いようがないよなぁ~。とほほ。

レゾンナント・アジテイト!

2010
03-01
ギグおわり。直後に酸欠?を感じるくらい体力が減退しているのがよく分かりました。根本的にトレーニングしないといけないかも。なにももってない自分ができることったって、走るとか腕立てとかストレッチくらいか。

でもおもわぬ再会があったりして、そして久々にあった人たちとそれぞれ話ができてよかったです。ふだんそんなにしないような話ができるのはじつにありがたいことです。いやーしかしみんな色々あるんだなぁ。あまりくりかえすと安っぽくなるかもだけど、みなさま、ありがとうございました。来月末もよろしくって宣伝かよオイ。

さて、いま〆切を余裕でぶっちぎった原稿の追い込みです……いつものことじゃないかと見捨てられているような。

しつこくサーバ漂流記

2009
12-09
基本的にナマケモノのおれにしてみりゃ当然っちゃ当然の結果なんですが、やるべきことがつみかさなって下のほうが固まりかけたヘドロみたいになりつつあります。あしつっこんで、うっ。そのままじっとする(笑)。それじゃ意味ねーじゃんという状況なわけです。なんのこっちゃ。
 ともあれ、そーいう自堕落がまねく底なし沼の底のほうで、某ボランタリなたのまれごとにようやく手をつけたところです。某サーバをいれかえたのがきっかけになってて、計算機が物理的にイカレルというのもその意味ではわるくはない。はい、負け惜しみです。いまだに BIND の設定がおかしいんですご同輩。allow-update の罠にはまって無駄な時間いっぱいついやしました。もうしらん、見た目へんじゃないからとーぶん放置。さらに、どーして ntpd たてたのに nict.jp と同期できないんだろかと悩んでたらルータに穴あけてねーし……苦笑
 で、携帯端末からちょっとした文章書いたり写真とかウプできないか、ってのがたのまれごとのおもな要望だったりするんですが、おれいま携帯電話もってなくてテストできないというテイタラクなんですよねー。うひゃひゃ。
 緊急連絡というクリティカルなイベントからテメーを遮断する環境になれるととても気楽なんですが(ぉぃ)、貧乏人のネットへのアクセス手段はじつは携帯電話が主流なのだっつー現実はわかってますよ(貧乏パンクスも「パソコン」なんかもってねーというのが多数派で携帯で情報収集してます)。だからもちろん、携帯で閲覧できて、さらに携帯でも更新できるってのが、駈け入り寺的な運動体ウェブサイトの日本的要件なんだろなとおもいます。
 つーわけで長らくほったらかしにしすぎていまさら土下座のしようもないなか、ちまちまと環境構築に向かいはじめたわけなのでした。世間によくある「フリー(ロハ=只=無料)」なウェブログのサービスだのを利用するってことは、せちがらいマーケティング情報のいち因子となることとあくまでトレードオフなんで(心ある「アクティヴィスト」はそのことを恥じるべきというかおれが恥ずかしい)、まあ自前でやるのがフリーソフトウェア礼賛派としてはとーぜんだろということもあるんですが。

はっきりいって、日本の社会運動は「自由」としての「フリー」な成分がアットー的にかけてます。「プロプライエタリ(独占的、私有的)」な「製品(商品)」に依存しすぎでどーにもならない。よくよく考えてみると、こーいうところにも「運動」に参加するひとびとの「常識」に反映される構造的欠陥がみえかくれしてません? 批判する対象にドップリつかってあしをとられて転んでることにすら気がつかないという。気がついてても気がつかないフリをしなきゃならん状況にいるという。まさに資本主義的身体性という失陥。貧しいおれのカラダもきみのカラダも100円ショップやスウェットショップでできているんじゃないのかという疑念。というか事実。「エコ」は金持ちの私有物。コモンズとかえらそーにぶちあげたテキストもぜんぶプロプライエタリなつくりになってたり私有的独占的排他的オレノ・アタシノが陰に陽に主張されていたりして、理論家どもももういっぺん死んだらいいのに。なーにが反資本主義だってなもんで大東亜共栄圏(東アジア共同体)と裏表の一心同体でしかないカラダひきずってどうするつもりなんでしょう。おれ自身が情宣素材つくったりするのに Adobe 奴隷のままでとんだ恥知らず。
 さて、だから、F労/P団そのたの情報インフラの整備・保守運営をいってにひきうけてる某同志(バレバレな気もするけど公然情報ではないようなのでいちおう伏せます)はスゲエ、と、ひそかにおもいつづけてきたことをここであえていってみる。一枚のビラの背後に人間がいます。ひとつの行動の背後に、そのみえないところにも人間がいます。呼びかけや報告や声明の背後にも、行動を伝える写真や動画の背後にも人間がいます。それらの活動を効果的に支援するはずのウェブやメールにはバックエンドのシステムがあり、さらにその背後にもやはり人間がいるのです。そしてその人間たちは「ひとりはみんなのために」としてそこにいる。それでもその成果を独占的な自己販促の道具としてこれみよがしに見せつけるのではなく、共有物として提供するというのがとくにすごいんだってことの意味がわかりますか。わからないヒト=資本主義者は一刻もはやく滅ぶのが持続可能な世界への貢献です。
 もちろんテキスト書いたり呼びかけたりビラ刷ったりまいたり叫んだり非道な経営者おいつめたりパクられてもなお闘ったり、とーぜんながらそういうのがなににもましてエライのですが、ディジタルな「ムスケル」仕事だっておなじくらい貴重だということです。脳みそだって文脈によっては筋肉にもなります。おかげで「運動だって速くなった」でしょ。え、社会運動に速度はいらない? そうかもしれない。でも貧乏人は、敵に対抗する過渡にあっては、どこかで共有できる効率をつくりださなきゃならない。しかも貧しいだけに手づくりで。それこそが「無産者の生産」。
 まるでテメーがふんぞりかえるためにいってるみたいですが、とんでもない。たとえば某同志は「界隈」でははるかかなたからやってきた虚空蔵菩薩のようです。菩薩様はかぎりない慈愛と智慧をもってバリバリコードかくひと、こちとら愚痴ばかりたれながらチマチマ設定ファイルいじるだけの底なし沼の底のカッパ、あるいは聖未満の唱聞師(しょもじ、めでたい・まんざいと囃し立てて駄賃をもらう門付芸人)。そもそもくらべてどうするという話ですが、くらべようもありません。や、もちろん、カッパや唱聞師だから悪いつうことではぜんぜんなくて、おれがタコなだけです。
 じゃなにがいいたいんだといえば、できなくても菩薩様同志くらい精進せねばというわけです。だっていつまでたってもワナビーなタコのままだと、なにやるにしてももう時間かかってしょうがない…… 菩薩様とかいいながら自分すくわれろの利己的な動機じゃねーか(笑)。でも時間かけないとけっきょく精進にならないんですよね。釈迦も菩薩もほんとうはただの人間です。

それにしてもフリーソフトウェア運動があってつくづくよかったとおもいます。イマドキはFLOSSだの、あるいはある環境をさしてLAMPだのとかいろいろいうわけですが、いくらおれみたいなんが貧乏ですと僭称するにしても、「問題とするのは権利としての自由であって、価格ではありません」(GNU)という力強いことばにゃ心おどるじゃありませんか。われわれの反富裕・反独占(社会主義協会のいう反独占とはちょっとちがって、ここではむしろ個々人の排他的所有=私有に反対ってこと)の社会運動でも、「問題とするのは、ユーザがソフトウェアを実行、コピー、配布、研究、変更、改良する自由です」ということでなけりゃ、ね。ユーザってのはもちろんテメーのことであり、同時になかまのことです。

さ、屁理屈ばかりこねてないで実作業の手をうごかしましょう……

死せるサーバ、生ける屍を走らす(サーバいれかえの話)

2009
11-22
どうも生ける屍です。「……」となりがちなおしせまる個人的状況のなか、某おんぼろサーバが逝去されやがりました。社会運動への貢献ふくめいろんなものをホストしてたのに。慟哭。なきながらというのはウソですが、今週末は徹夜作業コースでしたとも、ええ。わかってます。環境を冗長化してないのがいけないんです。でもいつもいきあたりばったり対応でしのくだけの余裕しかないんです。いまもまだ不具合のこしたままのテイタラク。ハードディスクが生きていたのが不幸中の幸いでしたが、それでもダメの累積状況にドミノ倒し的効果あり。

さて、今回おせわになったのは CentOS。いれかえにつかった計算機のCPUがデュアルコア×64bit対応だったので(旧サーバにくらべてなんてゼータク)、64bit対応版いれちまいました。CentOS は「RHELクローン」ではあるものの、コミュニティベースで開発がすすむ GNU/Linux のひとつ。コミュニティ発 OS という意味では Debian と双璧をなすディストロなのです。

しかしワタクシ、いつまでこーいう「突貫工兵」やってるのかしらん。息たえるまでか……と妄想しつつ、とりもなおさずフリーソフトウェア運動への深甚なる感謝の気持ちをここに表明いたします ;-)

追伸:今日はこちらでお会いしましょう。

コルトとカワイ

2009
11-09
コルトとカワイ、音楽産業労働者的団結! 遠征準備に奔走したみなさん、ごくろうさまでした。(おれなんもしてないのに、コルト闘争遠征団から缶バッジをちゃっかりもらってしまった……)

コルト・コルテック(韓国)の労働者は世界中のギターをたくさんつくってきた。そのコルト労働者による No Wokers, No Music というスローガンが、音楽産業資本の理不尽な体質をうきぼりにしている。楽器製作者や音楽教室の講師をつかいすてる「業界」にいったいなんの夢があるのだろう。

コルト・コルテックの争議についてはレイバーネットChamponを参照のこと。カワイ音楽教室の争議についてはfufの闘争ページを参照してください。

帝国主義本国人として死ね

2009
07-14
おれは日本帝国主義の申し子。日本人などとしてヌクヌクと生まれ育ってきたその逃れようのない歴史的規定性を自覚するからこそ戦争とファシズムと排外主義に反対するんじゃないのか。

おれは日本帝国主義の申し子。くさりきった資本主義が国境をこえて収奪しまくってきたからこそのヌクヌクじゃないのか。

おれは日本帝国主義の申し子。ようするに人の骨の髄をすすって生きながらえてきただけの存在じゃないのか。

おれは日本帝国主義の申し子。オトシマエはいったいどうしたんだ。オマエはいったいどこにいるんだ。

おれは日本帝国主義の申し子。この在日特権ド帝国主義本国人が恥を知れ。

おれは日本帝国主義の申し子。死ね。


:D

Author:noiz
vivu anarkiisma komunismo!

ちかごろ

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せんでん

Guilty for Brutal Pigs! Release All Protesters RIGHT NOW!

Free the Belgrade anarchists!

ふせん


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