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100円の冬読書

2009
12-04
中央公論の『日本の歴史』20~25巻、各巻100円で落手。明治維新から侵略戦争まで。端本はたいてい安く放出されるので、古本で見かけたら買うのが吉。とくに不必要にかさばる函入りの通史本や文学全集は邪険にされて100均で出たりする。そこに尊敬する歴史家のものがあたったりして……嘆息するふりをして喜んでしまうあさましい根性がわれながら悲しい。でも誰にも買われないでたなざらしってのもなぁ。
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『天皇条項の削除を!』の紹介

2009
11-13
『天皇条項の削除を!』(堀内哲編著、JCA出版)が刊行されたとか。(ono)さんに頼めば貧民特別割引価格で購入できるもよう。書影がブログ「山歩き・不逞」にアップされてます。それにしてもこのご時世、貴重な「不敬本」の刊行に拍手。

ところで JCA 出版といえば、最近では SECT6 の資料集の刊行が目を引きますが、アナキスト部族にはむかしからなじみのある版元ですね。だからなんなんだってヨタです、はい。

一休 乱世に生きた禅者

2009
08-07
『放浪息子』と別のとこで買ってきたのが一休さん本。『一休 乱世に生きた禅者』(NHKブックス、1970年12月)。200円也の貧乏読書。著者の市川白弦は仏教者(宗教者)の転向問題にとりくんだアナキスト禅者です。くわしくは白仁さんによる解説を。72年還俗とのことなので、坊さんだったころの著作ですね。あわせて再読しようと思っていた中公クラシックスの『狂雲集』がみあたりません。汚部屋のどこかにあるはずなのに。

(追記)白弦さんて黒衣同盟の運動を禅宗(臨済宗)でも実行しようとしたんですよね。浄土真宗における黒衣の意味とその後の同胞運動については、小武正教「袈裟と僧階制度 ─「僧侶の水平運動」・黒衣同盟に学んで」をどうぞ。七条袈裟批判の真意とかが簡明に解説されています。
 真宗には黒衣同盟や同朋運動がありますが、どうやら浄土宗の方には黒衣に特別の意味をこめた運動はないようですね。法然さんを追慕する黒衣行脚・法要があるようですけど、ふだんは白衣金襴じゃね~。そもそも袈裟をつける意味なんて、縫い合わせたボロきれ(糞掃衣:ふんぞうえ)をまとうところにこそあるんだから、坊主はみんな本源にたちかえるべきなんじゃないかと思うのですがいかが。

なみだの放浪

2009
08-07
せっぱつまっていた一件が一段落して、久々に街「放浪」のあげく漫画を買ってきました。

『放浪息子』9巻(志村貴子)、なみだなみだの放浪展開。めざとい人には旧聞でなにをいまさらなんですが。

主人公は「女の子になりたい」男の子、中学生。もうそれだけでなみだ(ぉぃ)。巻末では、「女の子/男の子」という思春期のゆれ(だけ)がモメントじゃないんだって主人公の意思がかいま見られるくだりがでてきます。ここでまたなみだ。あのーこれ漫画なんですがって、分かってますよ。

それにしても他校のセーラー服きて学校にいっちゃう放浪ぶりは……作者よくやった。このくそ差別的な社会(子供社会ふくむ)で越境しようとするものは「弾圧」されるってところを、オブラートにくるんで読ませるのがね、なんといえばいいのか、絵柄がかわいらしいのでさらーっと読めそうなのにまいど肺腑をえぐられるような感じになっとるわけです。

おしむらくは主人公が「かわいい男の子」で、「ブサイクな男の子」じゃないところ。それじゃ漫画にならないのか。いやそんなことはないはずだ。ただし作中には「かわいくない」と「自覚」している男の子が主人公の親友としてでてきます。かれもまた越えたい人。

画面が白いとかキャラの描き分けができてないとかいろいろいわれてきたようですが、テーマ偏重愛好読者にとってはそんなことは二の次なのだ。

巻末のおまけで作者が「汚部屋女」だってイシデ電が暴露してますが、ぼくんち「汚部屋」。うへへ。

カジノ資本主義のゆくえ

2008
11-15
三年寝(てるだけ)太郎の今日この頃、皆さんはいかがおすごしでしょうか。

今週末はG20の金融サミットです。すでに欧州の一部では証券化商品などの危うい金融商品への抜本的規制をかけようとする動きが表面化していますが、北米金融帝国はこれによく抗しえるのかどうか。資本主義体制の維持が基調路線でしょうが、「修正」されるかどうかが見物だと思います。

というのも、金融商品を買えない私たち貧乏人にしてみてもコトは無関係ではないからです。「見てるだけ」のつもりがありえない、いったいこれはどうしたことでしょう。長くなりますが、スーザン・ストレンジの『カジノ資本主義』の冒頭から一部引用します。
 カジノと同じように、今日の金融界の中枢ではゲームの選択ができる。ルーレット、ブラックジャックやポーカーの代わりに、ディーリング〔売買〕──外国為替やその変種、政府証券、債権、株式の売買──が行われている。これらの市場では先物を売買したり、オプションあるいは他のあらゆる種類の難解な金融新商品を売ったり買ったりすることで将来に賭をできる。遊び人の中では、特に銀行が非常に多額の賭をしている。きわめて小口の相場師も数多くいる。アドバイスを売っている予想屋も、騙されやすい一般投資家をねらうセールスマンもいる。この世界的な金融カジノの元締めが大銀行と大ブローカーである。彼らは、いわば、「会社のために」プレーしている。しかし、長期的には、最もよい生活をするのは彼らである。
 現代の銀行員やディーラーは、昔の人が考える金融の世界や典型的銀行とは全く別の世界で働いている全く別の人間であるかのように見える。銀行員は、威厳のある顔をして、控えめな濃紺の細い縦縞のスーツを着た、用心深くて慎重で、顧客の預金の守護者であるという世界の評判を気にしている、誠実で落ちついた人物である、と考えられてきた。しかし、国際金融システムを賭博場と非常に似たものにしてしまった、何か根本的で深刻な事態が起きたのである。それがいかにして生じたのかは明らかではない。
 確かなことは、それがすべての者に影響を及ぼしていることである。自由に出入りができるふつうのカジノと、金融中枢の世界的カジノとの間の大きな違いは、後者では我々のすべてが心ならずもその日のゲームに巻き込まれていることである。通貨価値の変動は農民の農作物の価値を収穫前に半減させてしまうかもしれないし、輸出業者を失業させてしまうかもしれない。金利の上昇は小売商の在庫保有コストを致命的なまでに引き上げてしまうかもしれない。金融的利害に基づいて行われるテークオーバー〔企業買収〕が工場労働者から仕事を奪ってしまうかもしれない。大金融センターのオフィス街のカジノで進められていることが、新卒者から年金受領者まですべての人々の生活に、突然で予期できない、しかも避けられない影響を与えてしまうのである。金融カジノでは誰もが「双六」ゲームにふけっている。サイコロの目がうまくそろって突然に幸運をもたらすか、あるいは振り出しに戻ってしまうかは、運がよいかどうかの問題である。

少し補足しておくと、ここでいわれている銀行とは投資銀行(investiment bank)やマーチャント・バンク(merchant bank)のことで、商業銀行(commercial bank, 日本では普通銀行に相当)を想定すると理解しづらいかもしれません。なお、北米で強壮を誇った投資銀行はすでに壊滅しました。ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーは投資銀行業務から逃げ出して商業銀行の陣地に立てこもり(どこまで死んだふりするのか見物)、リーマン・ブラザーズは破綻し、メリルリンチはバンク・オブ・アメリカに、ベア・スターンズはJPモルガン・チェースに身売りしました(こちらも他人の懐のなかでどこまで死んだふりするのか見物)。つまりカジノ資本主義のリーダーだったトップクラスの投資銀行は軒並み死滅した(一部死んだふり)も同然、というのが現況。今次の金融危機を捉えて「ウォールストリートは死んだ」(The Wall Street ... ended)とする表現が出てきたのはこのためです。しかも生き残った米金融機関はそろいもそろって公的資金の注入を受ける始末(JPモルガン、シティ、ウェルズ・ファーゴが各250億ドル、バンカメが150億ドル、ゴールドマン、モルスタ、メリルリンチが各100億ドルなど)。確かに北米金融帝国の内部崩壊があったといえるわけで──ただし莫大な「資金」はダブついたまま徘徊中──事態はまさに革命的。とはいえそれは自壊による革命的状況なわけですけれども。

さて、引用したストレンジの主張は、まるで現在の金融危機に対応したものであるかのようにも読めます。しかし彼女は1998年に死去しています(nikkei BPnet「市場に侵食される国家見据えた『カジノ資本主義』の著者逝く」)。『カジノ資本主義』の原版 Casino Capitalism は1986年に刊行されています。つまり「カジノ資本主義」というストレンジの規定は、ワシントン・コンセンサスのもとに金融自由化が進展していく状況を最初期に分析した言葉であったのです。

私のような貧乏人にしてみれば、いずれのカジノゲームにしても遠い世界のできこと。ゲームにくわわる余裕もないし、そうしたいとも思いません。しかしゲームの破綻がもたらす結果については、いやがおうでもその影響にまきこまれるという意味で、「プレーヤー」の一人にさせられてしまうことには違いありません。金融市場の肥大化により、実体経済(実物経済)が経済全体にしめる割合は一割以下ともいわれていますが、金融資本が産業資本を圧倒的に「支配」する(というより、影響下に置いてしまう)経済構造のもとでは、金融市場がひとたび危機に陥れば、めぐりめぐって実体経済にも悪影響が及ぶのは自明の理だということが、すぐにでも想像がつくでしょう。

今次の金融危機も、やはり「持たざる者」にも影響を及ぼしつつあります。OECD諸国のリセッションの懸念(OECD東京センター「日米欧の経済見通し」)というマクロ的な動向だけでなく、日本では実際に製造業における期間工や派遣労働者の馘首の動きが表面化しています。また「エコノミスト」の皆さんが「分析」してくれるように、「消費者マインド」の冷え込みはより深刻化するでしょうし──私はいつも冷え込んでますが!──、円高・原材料高による(外需依存の)経済へのマイナスの影響も続くのでしょう。公金投入のスキームのもとでは、「金融強化」のツケは金融ゲームには加わっていない人間にもまわされることになります。何が何やらよくは分からぬまま、「持たざる私の台所」も段々と締め付けられていくわけです。

ストレンジの『カジノ資本主義』も、その約10年後に登場したヤーギン=スタニスローの『市場対国家』(→原著のウェッブコンテンツ版)にしても、「市場の勝利」を動かしがたい現実として見ながら、市場の規制あるいはルール作りが必要だとしています。しかし、米・ブッシュ大統領は金融サミット一週間前に「市場主義を放棄するな」と強い牽制球を放っています(REUTERS「米大統領、G20で自由市場主義を放棄しないよう要請へ」)。それぞれに規制強化をもくろむ独仏の対抗的な動向もあり(REUTERS「焦点:金融サミット開幕へ、政治対立で成果限定か」)──ドル対ユーロともとれる──、はたしてどれだけの市場「改革」がなされうるのか、あるいは単に政治対立を表面化させて終わるのか、ここは正念場になると思います。日本政府はIMF強化などを柱として市場の協調監視なども提言するつもりのようですが、なにせ対米従属が国政の行動綱領ですから北米帝国に睨まれれば黙り込むしかありません。

ストレンジが20年も前に示したような、資本主義を前提としてもごく常識的と思われる処方すらはかれないとなれば、今後、金融資本主義の動揺はより深刻化するほかありません。詐欺まがいの商品を売り抜けた人たちは野放しのまま、コストのツケをいったい誰が支払うことになるのかという疑念はいっそう強まるでしょう。麻生政権は、税金の還流にすぎないものをお年玉と目くらましたつもりでばらまいてる場合ではないのです。

であればこそ、いまや「市場対国家」ではなく「市場対社会」というパースペクティヴが必要なのだと思いますが、そもそも日本には「世間」があっても「社会」がないのではないかというハナシも……と、ヨタはともかくとして、「社会」の側からの資本主義への規制が必要なことはもはや覆い隠せない状況でしょう。議会外の社会運動の役割はこういうところにもあると思います。それを「修正資本主義」として揶揄することは簡単ですが、「修正」すら困難なのが現状です。

というわけで(?)、東京で行われたG20対抗アクションのフォト・リポートへのポインタを置きつつ、『カジノ資本主義』の再読に戻ります。

貧者とともに生きた人

2008
09-22
上笙一郎/山崎朋子『光ほのかなれども──二葉保育園と徳永恕』(現代教養文庫)
※ネットに書影なし、スキャンする手間もなし

 ようやく見つけた。先週の土曜日、仕事の準備などでちょっとだけ事務所に顔を出したときに立ち寄った近所の古本屋で発見。ここの古本屋は品揃えに意思が感じられるので(いやどんな本屋にしても意思はあるはずだけれど)、たまに覗いている。朝日新聞社、光文社文庫、そしてこの現代教養文庫(版元・社会思想社は92年廃業)と、刊行されてはすぐに絶版されるという行路を繰り返したらしい数奇な運命のこの本、貧乏人してみればそれなりによい値段がついていたものの、探し物でもあったのでさっさとレジに向かった。
 二葉保育園は、1900年に東京三大スラムの一つ、四谷鮫河橋(鮫ヶ橋)につくられた貧民幼稚園である二葉幼稚園が改組されたもの。
 徳永恕はその二葉保育園/幼稚園の二代目の園長で、まさにびんぼったれの子供たちに尽くした行いの人。
 ちなみに東京のいわゆる貧民窟(スラム)は関東大震災で最後的に消えてなくなった(震災以前から細民街への移転の動きあり)。現代の貧乏人の住まいは、野宿者の小屋掛け・テント掛けの集住空間のほか、ネットカフェ、レストボックス、ゲストハウスなどに拡散した観がある。ドヤ(木賃宿)はすでに昔日の様相と異なって、海外バックパッカー向けの安宿に様変わりしているところも多い。

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noiz

Author:noiz
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