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たのむからメシはだまってくってくれ

2009
03-30
安いメシをくわせる食堂で、写真を撮っている奴を見かけるようになったのはいつごろからだろうか。携帯電話の端末どころかわざわざデジカメを使う奴さえいる。はじめみたときは何をやっているのか理解できなかったが、いまはだいたい察しがつく。ブログネタの記録なのだろう。こんにゃろう、メシはだまって早くくえ!

安いメシに気取ってみせるほどバカなことはない。粋は通用しない世界だけが大衆食堂にはある。ただひたすら腹をふくらませろ。それがメシをくうことの意味だ。味わう? 味なんかしるか。素材? 貧乏人にははじめから選択肢はない。文句があるなら自炊しろって? 低賃金労働者にはそんな気力もなく、労力かけずにメシをくったら後はただじっとして労働力の再生産を待つばかり。ようするにメシとはエサのことである。くうことが道楽になるという話は、別の世界のできごとなのだ。わが買い食いの先人たちは、まずメシをつくるひまもない銭稼ぎのために買い食いをしていた。そしてその買い食い階級こそが、幕末の世を震撼させた世直しの主体だった。

それはともかく、料簡のせまい俺は、せまくてきたないメシ屋でシャッター音をきくとにわかにイラついてくる。きっとネタの仕込みなんだろうと思うとさらにイライラしてしまう。はらがへって気が立っているということもあるのだろうが、しかしそれにしてもなぜ、安いだけでたいしてうまくもないメシにまで「B級グルメ」気分を見つけだそうとするのか、その気持ちがサッパリわからないのである。記事をかくなら文章だけでいいはずだが、とにかくカシャカシャやっている。無粋だ。早飯早糞芸のうちとはいうが(というより早飯早糞は賃労働者の習い性的な規範だ)、メシをかきこむことしかしらない無芸の労働者としては、とにかくてめえは早くくって待ち客に席をあけてやれといってやりたくなる。無芸が無粋に腹を立てるという底辺の争いだ。しかし実際くちにだしてしまえば店内の雰囲気をわるくしてしまうわけで、根性なしの俺はいつもだまって店をでる。

東京・新宿駅の西口のガード近くに、しょんべん横丁と呼ばれる飲食街がある。ほんとうは思い出横丁と焼き鳥横丁といってゲートにもそうでているのだが、失敬なことにみんなしょんべん横丁という。由来はしらない。バイト先の先輩がそういっていたから、俺もそういうことにしていた。焼け跡の闇市がどうたらとか、とわずがたりのマーケ屋の売り文句になりさがった知ったふうなお喋りはいまはどーでもいい。そんなことより、ここは焼き鳥屋や飲み屋が多いところではあるが、じつは昼間にやってるメシ屋もけっこうあるということが腹をすかせた貧乏人にとって重要なのだ。もうだいぶ記憶がくたびれているが、いわゆる一膳メシ屋が多かったはずだ。いや、膳なんて高級なものはない。トレーすらない。とにかく安く早くメシをくうのに一番合理的なつくり置きシステムの店がけっこうあったのだ。感動するほど安いわけでもないが、昼間にはそれなりの値段でそううまくもないメシをくわせる店の存在は、昼メシ戦争をたたかう賃金労働者にとってはなによりもありがたいことだった。いつだったか横丁から火事がでたというが、戦後ノスタルジー的ちんけな観光地化にも負けず、たぶんメシ屋はいまもあるだろう。いうまでもなく、新宿は労働者の街でもあるからだ。

どうも話が脱線していけない。思えば貧乏な勤労学生だったころ(いまも貧乏だが)、しょんべん横丁の近くで長らくアルバイトをしていて、ここらのメシ屋で昼メシをくうのが日課のようになっていた。貧乏人には安い早いで十分、それ以上のぞむことはなにもない。横丁主流のL字型カウンター席を踏襲するメシ屋はとうぜんせまいところがおおく、そういうところでは奥の席へととおれるように、みな気をつかって背もたれなしの丸いパイプ椅子があまり後ろにつきでないようにしながらだまってメシをくっていた。ここらじゃコの字型カウンターをもつ食堂は少数派だった。そしてとくに安い定食とかどんぶりメシとか一膳メシをだしている店じゃ長居は禁物、モシャモシャとかきこんでお茶をすすって早々に席をたつ。発することばは「ごっそさん」、または「おあいそ」の一言だけ。なじみの放言ならともかく、「うまかった」なんてご機嫌取りはしない。酔っぱらいや健啖家気取り相手のボッタクリ屋への対応ならいざしらず、注文と勘定のときだけ意思表示をするのがメシ屋をなりたたせるための客の仁義の切り方で、それ以上の口上はいらない。ワンコイン(500円)でメシをくわせるような食堂は、とにかく客が回転しなきゃやってらんねえのだ。そんなところで間抜け面さげてシャッター切ってりゃ、てめえはだまってメシをくえという無言の敵意にとりまかれることになる。

メシ屋には、焼き置きの魚(というものがある)をあぶりなおしている音だとか、みそ汁をすする音だとか、メシをかみしめる音だとか、椅子をひく音だとか、おつりの小銭をならす音だとか、そういう音だけがあればいい。無駄口もいらない。グルメライター気取りの侵略者はとっととメシくって店をでろ。メシをくうなとはいわない。くえ。ただ、くえ。そしてくったものをいちいち反芻するな。講釈たれるな。うまかったらうまかったという記憶だけ残して、またくいに行くだけで十分なのだ。

なんだかんだいって俺が理屈おおいんだよな。いかん。はやくメシくいにいこ。

追記:そういえば友だち・なかま・知り合いというべきひとのなかにも、媒体とわずメシの話を書いてるひとが何人かいるなぁ……いま思い出した。批判あれば議論すんべ。
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闘争勝利

2009
03-18
「名ばかり管理職」問題を社会にしらしめたマクドナルド店長の裁判闘争が、ほぼ全面的な勝利におわりましたね。

一審勝訴後、マクドナルドは不払いだった店長職の残業手当を清算するという全社的方針変更にふみだしていましたが、その一審判決をうけいれるかたちで高裁で和解へ。同社は同社の店長職が法律上の管理職にあたらないという一審の判決水準をみとめただけでなく、雇用条件の報復的な不利益変更もおこなわないという和解条件ものんだとのこと。まさに当該・管理職ユニオンの大金星。

たたかって「負ける」こともあるけど(もしかしたら「負ける」ことのほうが多いかもしれない)、そもそもたたかわなければ「勝つ」ことさえないのだということをあらためて思います。重要なのは、たとえ裁判闘争が「社内」的には個的なものであったとしても、その勝利の地平が職場全体にもたらす影響ははかりしれないということでしょうか。バイト・パートは──。

カネの亡者どもの茶番はもうたくさんだ

2009
03-17
政党政治が金権政治であることはいまさらいうまでもないことで、小沢民主党代表がクロかシロかということについてはここではふれない。そもそも、企業献金じたいをクロにしない政治なんか最初からぜんぶクロだっつーんだよ。その意味でほとんどの政党・政治家は真っ黒じゃねえか。

じゃなぜ、このタイミングであえてふれるのか。小沢の秘書が政治献金絡みで東京地検に逮捕されたことについて、麻生が刑事司法のイロハをふみにじってつぎのようにいいはなったからだ。
「明らかに違法であったがゆえに逮捕になった。逮捕となった事実は事実。今の法律でも、それなりにきちんと効果があったから逮捕になったと考えるべきではないか」

(2009年3月16日、参院予算委員会)
被疑事実が捜査機関にみとめられたから逮捕されただけのことだろが! それが「国策捜査」であるかどうかはここではどうでもいい──小沢が米帝サマの逆鱗にふれたからじゃねえの?などの陰謀脳的お喋りをはじめるととまらなくなりそうなのでやめておく;-) 問題は、麻生が三権分立のない近代以前を好んでいるというそのありさまだ。前近代のすべてが野蛮だというつもりはないが、こと刑事にかんしては日本の前近代にみるべきものはなにもない。パクってアげる主体と裁く主体が未分離のマッチポンプ状態で、人権擁護という観点などまるでないという暗黒の世界だったからだ。

起訴前の被疑段階から違法と解釈するような刑事司法はありえない。しかし現代のビリケン内閣の首相サマは、みずからの政治能力のなさにあせるばかりに、敵失に乗じようとふきあがりまくったあげくに墓穴をほる。なんというザマだ。こんなやつが一国の首相なんてたしかにおかしい。

かりに麻生のいうとおりに刑事司法がすすめば、日本はいま以上の野蛮な警察・検察国家になる。被疑者が勾留認容後も捜査機関から独立した刑事施設に収容されずに、法制度上はとりしらべし放題の人権抑圧の条件下に身柄をとられていることそのものが糾弾されてしかるべきである。悪名たかい代用監獄制度のなかでどれほどの冤罪がうみだされてきたかを首相や法相は真剣にとらえかえすべきなのだ。

しかし現実の首相は、推定有罪だから警察・検察はしたい放題にしろとでもいわんばかりの暴論をふりまく自分のすがたさえ理解できない。国会では福島社民党党首が「無罪の推定があるのはあたりまえだ」と批判したというが、まったくだ。そのあたりまえをふみにじる野蛮な首相こそ「名誉毀損」で訴追されるべきである。渦中の人物が起訴され有罪になる可能性がかんがえられるとしても、いまの段階から推定して有罪化することはできない。逮捕=違法ではないのだ。そんなことがまかりとおるならパクられた時点でみんな「犯罪者」だ。そんなバカな! 逮捕=違法だとうなら裁判ぬきで有罪にすればよい。そんなバカな事態がこの「近代国家」下に発現したらいよいよもってオシマイだ。麻生発言のマガマガしさは、意識的にせよ無意識的にせよ、暗黒の体制を要求しているところにある。

そもそも金権政治をおさえるためにという名目でつくられた政党交付金制度があるにもかかわらず、企業・団体献金を全廃としないすべてのガリガリ亡者どもの腹黒さこそがまた問題すぎるほど問題ではないか。1999年の政治資金規正法「改正」は、政治家個人ではなく政党本部への献金なら違法化しないぬけみちを整備したザル法にすぎなかった。その結果、公金である交付金を手にするようになった政党・政治家が献金をうけとらなくなっただろうか。危惧されたとおり、そんなことはまったくない。ぬれ手に粟で交付金(税金)をせしめたうえに、なおカネをよこせと献金の機会をうかがっているのがほとんどの政党政治家のすがたである。ようするに99年以後、議員センセイどもは労せずして過去にも倍するカネを手にすることができるようになったのだ(1)。笑いがとまらないところだろう。

政党交付金制度を「思想・信条の自由」に抵触すると批判し、交付金を受け取らない政党は共産党だけだ(わたしはスターリニスト党は支持しないが、これが現実だ)。このお寒い現実に、われわれしぼられるばかりの被収奪者はなにをなすべきかがとわれている。麻生政権を打倒し、カネまみれの国政そのものもたおし、カネの亡者どもを成敗して「世なおし」すべきなのだ。

金権にむらがる政治家どもよ、おそれおののくがいい。おまえらの貪欲の罪は万死にあたいする。

追記:検察がチョーシこきすぎだという批判的視点については、「ロスジェネ(wって呼ぶな!」の「検察リークの問題点」をどうぞ。

追々記:知人から幕末期司法にもみるべきものはあるとのツッコミをちょうだいしました。この点にかんしては不勉強なので、さしあたり追記で注意喚起のみしておきます。

(1)金額の推移についてはウェッブサイト「日本の政治を糾弾する」がまとめた「政党助成金の年度別、政党別リスト」にくわしい。

protest and survive!

2009
03-17
とにかく生きてやりかえしてほしいと思うのは、いきのこるものの傲慢だろうか。

ルー大占拠

2009
03-14
どこもかしこも首切りがふきあれているけど、大学職員もカリキュラムも例外じゃないんだね。京大職員・ユニオンエクスタシーのたたかいは以前にちらっと紹介したが、ルー大(琉球大学)では非正規職半減・外語課程半減という暴挙。教員有志もたたかっているが、話し合いをもとめる学生もまた、琉球の抵抗闘争の伝統的手段である座り込みに立ち上がっている。あれ日本語がオカシイぞ。すわりこみに決坐した? がんばれ。

punk solidareco

2009
03-14
一年ぶりにシンガポールのクラスティと再会。賃労働の都合でスポットで東京にきてるだけなので、仕事がハネた夜ふけに会う。夜があけたらまた労働だそうだ。ギグやレコード屋に行く時間さえない。労働、労働、労働。みんな生きんのにヒッシだ。

このかれ、アフガンからシンガポールへの移民の子でそれなりの苦労を背負っている。911以後、シンガポール政府から親父ともども嫌がらせをうけたこともある。いまにはじまったことじゃねーけど政府はどこでも糞、糞、糞、それでも地下のパンクスの交流はなくなんねんだよこの糞やろう。protest and survive!

そういやシンガポールってデモ禁制でガス抜きさえさせないのな。数年前に短期滞在してたとき、ちょうど3月下旬だったこともあってここじゃ反戦デモないのかと念のためきいたら、「ねえよ」「示威目的で集まったらパクられんのよ」といわれたんだよなー。さすがに独裁都市国家だけのことはある。……去年一部「解禁」したってことらしいけど事実上禁制つづいてるだろうなァ。だから大日本糞帝国はマシだなんていわねえけどよ。

昼めしとデモ

2009
03-13
昼めしを食いにでて、新宿民商と区労連が新宿通りを四谷方向へとデモっているところにでくわした。しばらくその横を歩いてシュプレッヒコールをききながら定食屋にはいる。店はできあいの一品小皿をえらんでいく大衆食堂。めしをかきこみつつ「税金はオリンピックではなく中小企業対策につかえ」というコールをはんすうしてみる。まったくそのとおりだと思う。そこに零細企業やフリーランスもくわえてくれということはさておき、30人ほどのデモ参加者のほとんどが高齢者だったなァと思いながら茶をすすって店をでた。それだけの話。

村長とメーデーと基本所得構想

2009
03-13
メーデーにさいし、自治体首長として自治体労働者にゲキをとばし、それだけでなく、どこの馬の骨とも分からない(これはほめことばね)自由と生存のメーデーにも個人参加した村長さんがいる。しかも在野の仏教研究(般若経研究)の篤学のようでもあり、めずらしいひとだなと思っていた。

そのかれが昨年来、窮乏する自治体の牽引者として、かのBI(ベーシック・インカム)への支持というか、BIをてことした生存保障の議論喚起につとめている。よのなかにはおもしろい村長がいたもんだというとりとめのない話。

信州 中川村 村長からのメッセージ 「ベーシック・インカム」は妙案かも

アナルコ・サンディカリストの行動綱領

2009
03-12
アナルコ・サンディカリストは第一インター(国際労働者協会)以来の「労働者の解放は労働者自身の事業」を原理原則とするわけですが、このあるいみ愚直な指向は既存の「民主主義」なるものとしばしば激突します。とりわけフランスのサンディカリストたちは「労働者の経済的直接行動による革命」をかかげましが、これはブルジョア民主主義を否定する論理でもありました。(とはいえフランスでは、1936年に政労使コーポラティズムのとりきめであるマティニョン協定が人民戦線政権下に成立し、革命的サンディカリスムは逼塞していくことになるのですが)

民主主義の拒絶。そのこころは──エミール・プージェ(Émile Pouget, 1860~1931)の「直接行動」(L’action directe, 1910, パンフ書影)にそのエッセンスが展開されていますが、いま翻訳してるひまがありません。

【転載】自由と生存の家設立記念シンポジウムを開催します

2009
03-12
※転載しなおしました


//転送転載大歓迎//

◆ 自由と生存の家設立記念シンポジウム(第一部)
ハウジング・プアから見えるもの
「生活の場を奪われた者のたたかいと自治的空間の創造」 主催/自由と生存の家実行委員会
◆ プレカリアート運動の今後とメーデーに向けて!(第二部)主催/4.4集会実行委員会

第一部
ハウジング・プアから見えるもの
「生活の場を奪われた者のたたかいと自治的空間の創造」

日時・場所:2009年4月4日(土)
[シンポジウム](開場13時00分)13時30分~15時30分
神宮前隠田区民会館1F(渋谷区神宮前6-31-5、JR原宿駅下車6分)
資料代:カンパ制(収益は自由と生存の家建設に活用させていただきます)

◆シンポジスト紹介
雨宮処凛(作家・反貧困ネット副代表)
湯浅 誠(反貧困ネット事務局長・派遣村村長)
藤堂 悟(派遣ユニオン・日産ディーゼルユニオン書記長)
大平正巳(フリーター全般労働組合・副執行委員長)
司 会:菊地 謙(自由と生存の家実行委員会)

主催:自由と生存の家実行委員会
連絡先:〒160-0023 東京都新宿区西新宿4-16-13 MKビル2階
電話/FAX: 03-3373-0180
実行委員会ブログ:http://jyutaku.yunegoro.lovepop.jp/
メールアドレス:freeter.jutaku(at)gmail.com

(よびかけ)
 現在、国内労働者の約20%が年収200万円以下という生活保護基準ギリギリの生活を強いられています。更に、不安定な生活を強いられている仲間は派遣切りや雇い止め、解雇とぼろ屑のように使い捨てられ、住家までも奪われています。
 さて、労働者はやられてばかりなのか? こんな仕打ちを受けても生きるためには忍従しなければならいいのか? そんな馬鹿な話はないというのが私達の考えです。ではどうすればよいのか? 労働組合に加入・結成する。政治的な運動に加わる・起こす。専門家・専門団体に相談する。すべて良い考えだと思います。
 その上で、私達は自らの生活の土台である住宅を自分達で建て、運営するという取組みを提案します。支えあいもあり、出会いや相談も出来る場、過去20年以上にわたり行われてきた新自由主義政策により、私達から奪われ、ズタズタにされた人と人の繋がりや地域を自治のもとに再生することを目指します。
 今回は、各闘いの現場で活躍するシンポジスとの方をお招きし、議論と今後の闘いについて展望したいと思います。みなさん、振るってご参加ください。

第二部
プレカリアート運動の今後とメーデーに向けて! 

時間:15時40分~16時50分
司会:鈴木 剛(フリーター全般労働組合・副執行委員長)

【よびかけ】
 3月末の大量解雇・雇い止めを受けて各界のアクティビストを招き闘いの現状と展望を語る70分。全国の独立系メーデー・自由と生存のメーデー、及び各地ユニオン運動や反貧困ネット、派遣村などの闘いと連携しつつ、現状をどう打開するか?
 みなさんも議論にご参加ください!

 主催:4.4集会実行委員会

【転載】自由と生存の家 サポーターズクラブの呼びかけ

2009
03-11
自由と生存の家 サポーターズクラブの呼びかけ

 今年度末には派遣切りや大量解雇で住居を失う人々が予想されています。しかし、貧困な居住政策の影響もあって、とくに都内では貧困者が安心して自律的な生活を営む空間を確保することが困難です。そこで私たち「自由と生存の家実行委員会」は、現在、四谷にある古いアパートの改装作業を急ピッチで進めています。
 作業はフリーター全般労働組合の組合員が中心となってまったくのボランティアで進めてきました。しかし、人が安心して住めるようにするには配管や床張り、窓枠の修理などが必要となり、これら専門的な技能を要する部分については、どうしても業者に外注せざるを得ません。建築士の見積もりではおよそ500万円の資金が必要とのことです。
 それだけの資金を私たち実行委員会だけでまかなうことができません。そこで居住問題に関心のあるみなさまに助力を仰ぐべく、このたび自由と生存の家(仮称)サポーターズクラブを設立することにしました。つきましては、サポーターズクラブに加入をここに呼びかけます。

呼びかけ人:雨宮処凛(作家・反貧困ネット副代表)
      稲葉 剛(NPO法人自立生活サポートセンター・もやい)
      清水直子(フリーター全般労働組合・執行委員長)
      原田隆二(有限会社一水社不動産部)
      湯浅 誠(反貧困ネット事務局長・派遣村村長)

名称:自由と生存の家サポーターズクラブ

活動内容:
1 自由と生存の家の設立に賛同する会員を募る
2 会費およびカンパによって自由と生存の家の改修・円滑な維持運営を実現する

運営:
1 「自由と生存の家実行委員会」が運営事務を担う
2 活動の現状はは毎月末に呼びかけ人と会員に事務局が報告する

会費:一口10,000円(可能な方は複数口の加入をお願いします)
その他:寄付、カンパも随時受け付けています。

◆自由と生存の家設立趣意書

 現在、国内労働者の約20%が年収200万円以下という生活保護基準ギリギリの生活を強いられています。更に、不安定な生活を強いられている仲間は派遣切りや雇い止め、解雇とぼろ屑のように使い捨てられ、住処までも奪われています。
 労働者はやられてばかりなのか? こんな仕打ちを受けても、生きるためには忍従しなければならいいのか? そんな馬鹿な話はないというのが私たちの考えです。解決のためには、労働組合に加入する、労働組合を結成する、政治的な運動に加わる/起こす、専門家・専門団体に相談するなど、さまざまなアクションが必要です。
 私たちは、自らの生活の土台である住宅を自分たちで確保し、運営し、人々が支え合い、出会い、相談し合える場をつくる取組みを提案します。過去20年以上にわたり行われてきた新自由主義政策により、私たちが奪われ、ズタズタにされてきた人と人の繋がりや地域を自治を再生する「自由と生存の家」を設立します。

2009年3月1日
自由と生存の家実行委員会

***********************************************************
上記呼びかけ・趣旨に賛同しサポーターズクラブに入会します。

氏名:
所属:(あれば)
住所:〒
メールアドレス:
**********************************************************
返送先:(FAX)03-3373-0180 (メール)freeter.jutaku(at)gmail.com

●振込み口座:ゆうちょ銀行 記号:10250 番号:48022861
  名義 自由と生存の家実行委員会
○他金融機関からの振込み:ゆうちょ銀行 店名:〇二八 
 店番:028 種目:普通預金 口座番号:4802286
 名義:自由と生存の家実行委員会

◆お問い合わせ:自由と生存の家実行委員会
〒160-0023 東京都新宿区西新宿4-16-13 MKビル2階
電話/FAX: 03-3373-0180
実行委員会ブログ:http://jyutaku.yunegoro.lovepop.jp/
メールアドレス:freeter.jutaku(at)gmail.com

【転載】麻生を倒せ!ないかくだとうデモ 2ndトライ

2009
03-07
□■□■□(転送・転載歓迎)□■□■□

///// 「麻生を倒せ!ないかくだとうデモ 2ndトライ」 2009.03.08 ◎ 14:00 大久保公園
── 勝手に倒れるな 倒させろ! /////

【日時】3月8日(日)14時集合(14時半出発)
【集合場所】新宿区・大久保公園(新宿区歌舞伎町2-43)maps.google.co.jp
【交通】西武新宿線『西武新宿』駅徒歩3分/JR『新宿』駅徒歩8分
【コース】 大久保公園~歌舞伎町~靖国通り~明治通り~新宿東口広場解散(予定)(詳細はHPにて発表します)
【主催】「麻生を倒せ!ないかくだとう」実行委員会

麻生内閣は発足以来ずっと支持率が危うく、常に「解散すべきでは?」と囁かれています。なのに、なぜ未だに麻生首相はヘッチャラなそぶりをしているので しょうか。内閣は人々の不支持や不満を、世論調査の数字やテレビの街頭インタビューとしてしか見ていないのでは? そうした数字で表される人々の意志なん て、移り変わる「天気」みたいなものでしかないと、見くびられているのでは?

私たちの間にも、人前で「声」を挙げる人に冷たい視線を送る風潮が、いつの間にか広がってしまいました。それは、私たち一人ひとりが競争社会によって分断 されてきたからかもしれません。でも、バラバラにされた個人が集まり、私たちの「声」を無視する政治に対抗するには、少しでも声を大きく出してみるしかない。

2月8日は第一回「ないかくだとうデモ」をやりました。この時は200名近くの人たちで、色とりどりのパペットやのぼりを持ち、ドラムを叩いたり笛をふい たり、そのリズムにのってコールをかけたりしながら、新宿の街を賑やかに行進。また、たくさんの人たちがチラシをうけとってくれました。たしかに「声」は 出しにくいけれど、コワイことではなく楽しいことであると、そこで多くの人が感じとれたのではないでしょうか。

最近一気に表面化した自民党内の「麻生降ろし」。ただ報じることしかできないマスコミ。そうした他人任せでは変わらないのは、小泉以降に続いた首相辞任劇 で明らかです。今こそ私たちの「声」で麻生内閣を倒す必要があります。そのためには、もっともっと多くの人の力が欲しいところ。3月8日には「ないかくだとう」第二回デモを開きます。ぜひみなさんも参加して、より大きなコーラスを作りませんか?

※当日は独立系メディアのほかマスメディアから取材が入る可能性があります。撮影コードは設けないので顔を映されたくない方は適宜ご対応ください。

2009年2月20日 「麻生を倒せ!ないかくだとう」実行委員会

連絡先:〒160-0022 東京都新宿区新宿1-30-12-302
tel 080-3499-3996
web taose.jp / e-mail taose(at)taose.jp

□■□■□(転送・転載ここまで)□■□■□

ミゾユウのわれらバカのハタをかかげゆく

2009
03-04
内閣ないかくいらんという立場たちばから「ないかくだとう」に賛同さんどうしたけど、アートワークには賛同さんどうしない。

首相しゅしょう漢字かんじめなくて、なにがわるいの? めぐまれた生活せいかつをおくってきたのにめないから? でも、こういう教養主義きょうようしゅぎは、おれ、いやだ。

貧乏びんぼうのせいでめなくたっていいじゃないか。わるくてめなくたっていいじゃないか。教育きょういくをうける機会きかいにめぐまれていたはずなのに「ちこぼれた(ちこぼれた)」っていいじゃないか。教養きょうようのないひと首相しゅしょうになってもいいじゃないか。おれが首相しゅしょうになってもいいじゃないか。ひとを「ばか」にするな。いや、「ばか」でなにがわるい。それなら、おれらみんな悪党あくとうだ。悪党あくとうはみんな、ゆう、だんこ支持しじ

でも、麻生あそう首相しゅしょうとその内閣ないかくには賛同さんどうしません。ねんのため。


:D

Author:noiz
vivu anarkiisma komunismo!

ちかごろ

けんさく

せんでん

Guilty for Brutal Pigs! Release All Protesters RIGHT NOW!

Free the Belgrade anarchists!

ふせん


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