Debian GNU/Linux (lenny) + Maestro3
OmniBook XE3 gc で採用されているサウンドカードは ESS 社製の Maestro3。バイナリのファームウェアしか提供されていないじゃないかと Deiban (lenny) からパージされていた。つまりマエストロはソースコードが秘匿されたバイナリ・ブラッブ(binary blob)としてあつかわれたことになる。マエストロ=親方(この場合 ESS 社)は技術をかくすということか。したがってわれわれ自由な計算機を活用する人民は、lenny リリースにあたっての Debian プロジェクトの対応はフリーソフトウェア運動として筋のとおったものと称賛しなければならない。
とイキガッテみせたところで、作業中はひたすらぐーたらで CD とりかえたりするのもめんどくさい人間にしてみれば、計算機でストリーミングラジオをならしっぱなしにしておきたい誘惑にはあらがいがたいのも事実。というわけで、せっかくパージされたイケズなファームウェアをふたたびつかえるようにする。おい! 以下、ホームディレクトリで作業することとする。
$ wget ftp://ftp.alsa-project.org/pub/firmware/alsa-firmware-1.0.19.tar.bz2
$ tar jxf alsa-firmware-1.0.19.tar.bz2
$ cd ./alsa-firmware-1.0.19
$ ./configure
configure && make && make install しようとしたが、開発ツールがないんだよとおこられる。そういえば gcc も make もいれてなかった。Debian Wiki の記事にしたがって build_essential もいれておく。apt-get の提案で g++ とかも芋づる式にはいった。
$ sudo apt-get install gcc make build_essential
configure で展開された該当ファームウェアのディレクトリに移動して make。
$ cd ./maestro3 && make
すぐに ALSA のもとで使用できるファームウェアがビルドされる。Maestro3 用のファイルを /lib/firmware/ecc に管理者権限で cp か mv。eccのディレクトリがみあたらない場合は自分でこさえておく。
$ sudo mkdir /lib/firmware/ess
$ sudo cp *fw /lib/firmware/ess
けっか、以下のようにファームウェアがおかれていればよい。
/lib/firmware/ess/maestro3_assp_kernel.fw
/lib/firmware/ess/maestro3_assp_minisrc.fw
ここでモジュールを再構成。modprobe -r は rmmod でもよい。
$ sudo modprobe -r snd-maestro3 && modprobe snd-maestro3
いちおう、ふだんつかうユーザを audio グループにくわえておこうとしたら、ALSA 関連ファイルをインストールした時点で設定されていたもよう。apt はよくでてきる。
これでめでたくサウンドカードが機能するようになった……つまりバイナリ・ブラッブ奴隷のなかまいりだ。ごめんよシオ・デ・ラット。奴隷解放のみちのりは自分のせいでとおくなる。
で、みずからの惰弱さをたなにあげ、チップ・ベンダはソースコード公開をデフォルトにしろといっておきたい。たのむよほんと。公開したってうしなうものなにもないでしょ? あ、ベンダ間の開発競争で他社に覗き見されるのがいやなのか。でもそれでうしなうものって具体的にはなんだろうか。
dank’ al:
とイキガッテみせたところで、作業中はひたすらぐーたらで CD とりかえたりするのもめんどくさい人間にしてみれば、計算機でストリーミングラジオをならしっぱなしにしておきたい誘惑にはあらがいがたいのも事実。というわけで、せっかくパージされたイケズなファームウェアをふたたびつかえるようにする。おい! 以下、ホームディレクトリで作業することとする。
$ wget ftp://ftp.alsa-project.org/pub/firmware/alsa-firmware-1.0.19.tar.bz2
$ tar jxf alsa-firmware-1.0.19.tar.bz2
$ cd ./alsa-firmware-1.0.19
$ ./configure
configure && make && make install しようとしたが、開発ツールがないんだよとおこられる。そういえば gcc も make もいれてなかった。Debian Wiki の記事にしたがって build_essential もいれておく。apt-get の提案で g++ とかも芋づる式にはいった。
$ sudo apt-get install gcc make build_essential
configure で展開された該当ファームウェアのディレクトリに移動して make。
$ cd ./maestro3 && make
すぐに ALSA のもとで使用できるファームウェアがビルドされる。Maestro3 用のファイルを /lib/firmware/ecc に管理者権限で cp か mv。eccのディレクトリがみあたらない場合は自分でこさえておく。
$ sudo mkdir /lib/firmware/ess
$ sudo cp *fw /lib/firmware/ess
けっか、以下のようにファームウェアがおかれていればよい。
/lib/firmware/ess/maestro3_assp_kernel.fw
/lib/firmware/ess/maestro3_assp_minisrc.fw
ここでモジュールを再構成。modprobe -r は rmmod でもよい。
$ sudo modprobe -r snd-maestro3 && modprobe snd-maestro3
いちおう、ふだんつかうユーザを audio グループにくわえておこうとしたら、ALSA 関連ファイルをインストールした時点で設定されていたもよう。apt はよくでてきる。
これでめでたくサウンドカードが機能するようになった……つまりバイナリ・ブラッブ奴隷のなかまいりだ。ごめんよシオ・デ・ラット。奴隷解放のみちのりは自分のせいでとおくなる。
で、みずからの惰弱さをたなにあげ、チップ・ベンダはソースコード公開をデフォルトにしろといっておきたい。たのむよほんと。公開したってうしなうものなにもないでしょ? あ、ベンダ間の開発競争で他社に覗き見されるのがいやなのか。でもそれでうしなうものって具体的にはなんだろうか。
dank’ al:
OmniBook XE3 を Debian(lenny)+LXDE でつかう
ともだちにおくってもらった HP の OmniBook XE3 GC に Debian GNU/Linux 5.0 (lenny) をクリーンインストール。ディスクが10GBと容量がかぎられているため、最初にデスクトップ環境はいれず、あとから LXDE を追加してためしてみた。Lightweight というとおりマアマア軽快に動作するので、自宅でのメールのよみかきやネット徘徊はこれでいいだろう。これまでつかっていた計算機の HDD がご臨終してどうすんべとおもっていたけど、当面のツナギとしては必要十分だ。
でも自宅で制作関係の作業したい場合、Mac つかえないとこまるしなぁ。Serial ATA 全盛のいまとなっては、ふるい ATA の 2.5inch HDD って割高感がある……が、まあそのうちなんとかするしかない。
でも自宅で制作関係の作業したい場合、Mac つかえないとこまるしなぁ。Serial ATA 全盛のいまとなっては、ふるい ATA の 2.5inch HDD って割高感がある……が、まあそのうちなんとかするしかない。
デモ参加の心得を補完する
以下、デモ参加の心得とのこと。
余談ですが、そのむかし、ジグっても「パクられ要員」(指揮者、コーラー、旗持ち)は一、二泊でかえってくるという牧歌的状況もあったとか聞きますが──それでもよけいにパクられないような固いスクラムをくんでいた場合だとおもいます──もうそんな時代じゃないんですよね。
cf.
デモの心得みたいなもの(自由と生存のメーデー07)
デモ参加の心得(北条時輔ファンサイト)いいたいことはなんとなくわかりますが、伝聞や憶測はちょっと……というのが正直なところ。経験主義が絶対だとはいいませんが、個人的・集合的な経験にてらしあわせて補完・訂正してみます。
- パクられて身元が割れたらどうなるか:
- 勾留される。公安事件の場合はまず二泊三日ではすまず、たいてい勾留が請求され認容されます──請求をかけるのは地検、判断するのは地裁。状況によっては勾留延長。逮捕による身体拘束は最長72時間(警察48時間+検察24時間)、おなじく勾留10日・勾留延長10日で、起訴前段階では最長23日間留置されえます。起訴前段階の司法取引制度は存在しません。自由業でなければ、まずこれだけで社会生活が破綻します。アメリカのデモでちょっとパクられちゃったけど翌日釈放されたなんて経験は、日本では通用しません。
- 書類上は司法警察官をなのる警察官が居宅にガサ(家宅捜索)をいれる。デモでパクられた場合はかならずといっていいほど公安警察がやってきます。捜索令状は地裁に請求されますが、まず却下されません。その結果、人定情報たりうるもの(公共料金の領収証とか)やパクられた現場に関係するもの(デモであればそのビラなど)などが押収されます。被疑事実と関係ないもの、とくに交友関係がわかるような名簿的なもの(携帯、パソコン含む)が押収されることもあります。運動団体に所属していればその事務所や、行動主催者に関係するところなどにもガサがおよんだり。
- 公安警察が親(親族)、友人、学校・職場など関係各所に聞き込みをよそおって圧力をかける。被疑者が若年の場合は、警察側が親(親族)を接見にいれてゆさぶるとか、まあいろいろあります。
- 勾留される。公安事件の場合はまず二泊三日ではすまず、たいてい勾留が請求され認容されます──請求をかけるのは地検、判断するのは地裁。状況によっては勾留延長。逮捕による身体拘束は最長72時間(警察48時間+検察24時間)、おなじく勾留10日・勾留延長10日で、起訴前段階では最長23日間留置されえます。起訴前段階の司法取引制度は存在しません。自由業でなければ、まずこれだけで社会生活が破綻します。アメリカのデモでちょっとパクられちゃったけど翌日釈放されたなんて経験は、日本では通用しません。
- パクられて身元が割れなかったらどうなるか:
- デモ初参加で身元が特定されるようなものを持っていなかった場合、おそらく被疑者不詳のまま勾留されることでしょう。(デモ常連で居宅が割れている場合はこのかぎりにあらず)
- 被疑事実が公務執行妨害や公安条例違反などであれば、氏名不詳のまま起訴猶予でパイ(釈放)される可能性もあるかも。しかし公妨ていどなら起訴されないという保証はどこにもなく、被疑者不詳のままの起訴もありえます。公妨で起訴、被疑者不詳のまま起訴、どちらも実際にあることです(デモなど運動にかぎらず)。
- 無党派を支援してくれる弁護士はすくないのか:
- 共産党系の弁護士の層のあつさにくらべればすくないのかもしれませんが、無党派を支援してくれる奇特な弁護士もけっこういます。首都圏なら救援連絡センターの協力弁護士、労働運動での弾圧事件なら労働者法律センターの弁護士とか。
- とくにデモなどで逮捕された場合は、スケジュールさえあえば救援連絡センターの協力弁護士に接見や選任を依頼することができます。
- だからデモでパクられたときは、逮捕手続きがすんだらすぐに「救援連絡センターの弁護士を選任する」と告げ、連絡・接見を要求するのが吉(さしあたり費用のことはわすれましょう)。センターの電話番号(03-3591-1301 サアゴクイリイミオオイとおぼえる)も同時に通告できればベター。なお逮捕手続き時にきまっておこなわれる弁解録取にも黙秘でたいしましょう。弁解したつもりが調書になってたりとか、とにかく警察は「落とす」ことしか考えてないので、ご用心。
- 不幸なことにセンターへの連絡要求をネグレクトされたり、センターのことをおぼえていなかった場合は、当番弁護士による接見を要求してみましょう。でも当番弁護士だとチンプンカンプンな対応になる可能性が……
- 弁護士だけでなく、そとで支援してくれる友人・なかまがいないとやってられないとおもいます。だからひとりで行動に参加して“ちょっと跳ねちゃっただけ”のつもりだったのに、たいへんつらい日々をすごすことになった、なんてこともありえます。ながいながい社会運動の歴史からすれば、人知れずパクられてだれにもたすけられず闇にきえてったひとって実はけっこういるんじゃないでしょうか。わたし自身が直接かかわった範囲では弾圧事件があればかならず救援対策を講じてきたつもりですが……すべてを見通せるわけでもないので、こうしたことをちょっと考えただけでも気が滅入ります。
- 名前が新聞に出ないように弁護士を手配しなければならない:
- 携帯電話機だとか、キャッシュカードだとかをもったままパクられた場合は所持品検査の段階で割れるので、弁護士が手配できたとしても匿名性の確保はできませぬ。身元を特定されるようなものを携行していなくても、以前から面が割れててヤサまで尾行されていたとしたらおなじことです。
- 日本のマスメディアは警察からリークさえあれば被疑段階(推定無罪)でも名前を報道するクズばかり。むしろほこらしげに顕名報道する人権感覚のなさがウリでございます。松本サリン事件から一歩も前進してません。
余談ですが、そのむかし、ジグっても「パクられ要員」(指揮者、コーラー、旗持ち)は一、二泊でかえってくるという牧歌的状況もあったとか聞きますが──それでもよけいにパクられないような固いスクラムをくんでいた場合だとおもいます──もうそんな時代じゃないんですよね。
cf.
デモの心得みたいなもの(自由と生存のメーデー07)
ノー・パサラン!
カスティーリャ語 に ¡No Pasaran! ということばがある。「(やつらを)とおすな!」という意味 だ。1930年代 、対 ファシスト戦 のさなかに人民 戦線 のがわでさけばれたスローガンである。その後 、反 ネオナチや反ファシズム(アンティファ)の運動 であいことばのようにしてつかわれてきた。
きのう、埼玉県 蕨市 で「保守 」を自称 する民間 ファッショのデモがあった。主催 関係者 のひとりはヒトラーの擁護者 で、人類 にたいする罪人 である。デモで掲 げられた主張 は「不法 外国人 はでていけ」というものだった。これにたいして「生 きることは犯罪 じゃない」とのスローガンをかかげた抗議 行動 がよびかけられ、結果 として抗議行動がわに二人 の逮捕者 がでたという。
わたしは現場 にいなかったので、その抗議行動についてはなにもいえない。いうつもりもないし、その資格 もない。しかし「生きることは犯罪じゃない」のスローガンを支持 する。日帝 のこれまでの「経済 侵略 」をかんがえれば、あるいは現状 における内外 の支配的 資本 の結託 をみれば、「不法滞在 」などということがいかに盗人 猛々 しいものであるかがハッキリしている。
資本 の超国籍的 な活動 の自由 はあるのに、ひとの移動 の自由がない。しかし人間 はもとより生きるために移動するものである。いうまでもなく、この列島 のマジョリティとされる「日本人 」も、おおくのひとびとがまじりあってかたちづくられている。
よりよく生きようとするひとびとの奔流 はだれにもとめられない。だからこそ〈わたし〉/〈わたしたち〉「日本人」には、みずからが歴史的 にどのような存在 であるかを自省 しながら、マレビト(客人・稀人)と交流 していくことがまず必要 なのだとおもう。定着 をのぞむマレビトは〈わたし〉/〈わたしたち〉「日本人」の隣人 であり、またホマラニスモ(人類人 主義 )の立場 にたてば、マジョリティとしてどうふるまってきたのかというみずからの歴史的性格 をなげすてるわけにはいかないが、〈わたし〉/〈わたしたち〉「日本人」もまたマレビトにすぎない。
ファシストをとおすな! レイシストをゆるすな! だれも犯罪者なんかじゃない! ¡Alerta, alerta antifascista!
きのう、
わたしは
よりよく生きようとするひとびとの
ファシストをとおすな! レイシストをゆるすな! だれも犯罪者なんかじゃない! ¡Alerta, alerta antifascista!
無政府主義将軍マフノのドラマ
無政府主義将軍といえばネストル・マフノ。
このウクライナ・パルチザンの人生がウクライナ/ロシアでTVドラマ化されていました(制作2005年、RTVi放送06年)。うかつにも全然知らずにいて、YouTubeで検索していてつい最近気がつきました。だれか翻訳して字幕つけてください。ドンパチスペクタクルっぽいから軍オタにも需要あるんじゃないかと…(冗談)。なお、作品の参考情報を英語化したウェップページに The Nine Lives of Nestor Makhno があります。
それにしても、マフノフシチナ(マフノ運動)がTVドラマの対象になるのも、ロシア共産党正史の重圧から「解放」された現在だからこそのことかもしれません。つまりボルシェヴィキ反革命にぶっつぶされたウクライナ労農革命運動史にも、叙情的な歴史ものがたり化がなされうる時間がおとずれたということです。
しかし、アルシーノフのマフノ運動史を訳した郡山堂前氏によれば、「現地の人はマフノ反乱について余所者にはあまり話したがらない、話しても無駄だと思っているらしいこと、しかし同時にマフノ反乱に否定的な態度の人でもマフノとマフノ反乱を誇りにしているようだということ」があります(1)。ここから状況の変化がどうあれば他律的なTV映像化が可能となるのか、むしろそのことのほうが気になります。
現在、ウクライナといえば、親ロシアか反ロシアかというUS帝国の戦略上の二元論にそった報道ばかりがなされ、ひとびとがどうであるかを伝えようとするマス・メディアはほとんど存在しません。もちろんインディメディアなどの独立メディア運動体が存在しているので、その気になれば情報はいくらでも入手することはできるでしょうし(ただし言語の壁がありますが)、また運動体からの情報もあるわけで、マフノたちのたたかいが提起した自由共産の革命運動の今日的な意味がどうあるのかということは、たとえつたないものであっても考究されうべきものだと思います。
むしろ金融資本主義崩壊後の世界にあって、「自分の運命を自分自身の手に握り、自分の生活を自分自身の意思、自分自身の真実によって建設するためにこそ、われわれは勝つのだ」(2)というマフノ運動の意義が生かされるべきであり、懐古趣味の叙事詩はほんとうは必要ないのであります。
(より理論的な関心でいうと、マフノ運動は革命の扼殺者=ボルシェヴィキに敗北したのち、アナキスト総同盟論というこんにちにまでおよぶ組織論的問題を提起しているため、運動の総括はたんなる訓古学にとどまらないはずです。)
(1) ピョートル・アルシノフ『マフノ運動史 ウクライナの反乱・革命の死と希望』(郡山堂前訳、社会評論社、2003年)の訳者解説より。同氏は1999年から2001年にかけてドニエプロペトロフスク市(旧エカチェリノスラフ市)に滞在し、「現地の人」の反応を直接経験しているとのこと。
(2)ドイツ・オースリア軍兵士やコザックに向けたマフノ初期のビラより:「勝利か死か──歴史的瞬間としての現在、これこそがウクライナの農民が直面している問題である。だが、われわれの全てが死ぬことはありえない、われわれは余りにも数が多いからだ、われわれは──人類そのものだからだ。それゆえ、われわれは勝つだろう。だが、これまでのように、新たな主人に自分の運命をゆだ ねるために、われわれは勝つのではない。そうではなく、自分の生活を自分自身の意思、自分自身の真実によって建設するためにこそ、われわれは勝つのだ」(前同 p.55)
文献(絶版本ばかり)
このウクライナ・パルチザンの人生がウクライナ/ロシアでTVドラマ化されていました(制作2005年、RTVi放送06年)。うかつにも全然知らずにいて、YouTubeで検索していてつい最近気がつきました。だれか翻訳して字幕つけてください。ドンパチスペクタクルっぽいから軍オタにも需要あるんじゃないかと…(冗談)。なお、作品の参考情報を英語化したウェップページに The Nine Lives of Nestor Makhno があります。
それにしても、マフノフシチナ(マフノ運動)がTVドラマの対象になるのも、ロシア共産党正史の重圧から「解放」された現在だからこそのことかもしれません。つまりボルシェヴィキ反革命にぶっつぶされたウクライナ労農革命運動史にも、叙情的な歴史ものがたり化がなされうる時間がおとずれたということです。
しかし、アルシーノフのマフノ運動史を訳した郡山堂前氏によれば、「現地の人はマフノ反乱について余所者にはあまり話したがらない、話しても無駄だと思っているらしいこと、しかし同時にマフノ反乱に否定的な態度の人でもマフノとマフノ反乱を誇りにしているようだということ」があります(1)。ここから状況の変化がどうあれば他律的なTV映像化が可能となるのか、むしろそのことのほうが気になります。
現在、ウクライナといえば、親ロシアか反ロシアかというUS帝国の戦略上の二元論にそった報道ばかりがなされ、ひとびとがどうであるかを伝えようとするマス・メディアはほとんど存在しません。もちろんインディメディアなどの独立メディア運動体が存在しているので、その気になれば情報はいくらでも入手することはできるでしょうし(ただし言語の壁がありますが)、また運動体からの情報もあるわけで、マフノたちのたたかいが提起した自由共産の革命運動の今日的な意味がどうあるのかということは、たとえつたないものであっても考究されうべきものだと思います。
むしろ金融資本主義崩壊後の世界にあって、「自分の運命を自分自身の手に握り、自分の生活を自分自身の意思、自分自身の真実によって建設するためにこそ、われわれは勝つのだ」(2)というマフノ運動の意義が生かされるべきであり、懐古趣味の叙事詩はほんとうは必要ないのであります。
(より理論的な関心でいうと、マフノ運動は革命の扼殺者=ボルシェヴィキに敗北したのち、アナキスト総同盟論というこんにちにまでおよぶ組織論的問題を提起しているため、運動の総括はたんなる訓古学にとどまらないはずです。)
(1) ピョートル・アルシノフ『マフノ運動史 ウクライナの反乱・革命の死と希望』(郡山堂前訳、社会評論社、2003年)の訳者解説より。同氏は1999年から2001年にかけてドニエプロペトロフスク市(旧エカチェリノスラフ市)に滞在し、「現地の人」の反応を直接経験しているとのこと。
(2)ドイツ・オースリア軍兵士やコザックに向けたマフノ初期のビラより:「勝利か死か──歴史的瞬間としての現在、これこそがウクライナの農民が直面している問題である。だが、われわれの全てが死ぬことはありえない、われわれは余りにも数が多いからだ、われわれは──人類そのものだからだ。それゆえ、われわれは勝つだろう。だが、これまでのように、新たな主人に自分の運命をゆだ ねるために、われわれは勝つのではない。そうではなく、自分の生活を自分自身の意思、自分自身の真実によって建設するためにこそ、われわれは勝つのだ」(前同 p.55)
文献(絶版本ばかり)
- ヴォーリン『知られざる革命 クロンシュタット反乱とマフノ運動』(野田茂徳・野田千香子訳、現代思潮社、1966年)
- ヴォーリン『一九一七年・裏切られた革命 ロシア・アナキスト』(野田茂徳・野田千香子訳、林書店、1968年)
- ポール・アヴリッチ『ロシア・アナキズム全史』(野田茂徳訳、合同出版、1971年)
- ピョートル・アルシーノフ『マフノ叛乱軍史 ロシア革命と農民戦争』(奥野路介訳、鹿砦社、1973年) 郡山訳は新訳
- The Nestor Makhno Archive Nestor McNab による膨大なアーカイヴ
- Официальный сайт Нестора Ивановича Махно ロシア語による記念サイト
- Organizational Platform of the General Union of Anarchists (Draft) アナキスト総同盟組織綱領草案 マフノやアルシーノフらパリの亡命ロシア/ウクライナ・アナキストの総括的文書。赤軍への軍事的敗北から出発したであろう組織論の提起は、やがてアナキスト運動のなかの綱領主義(platformism)の潮流形成へと結実していくことになる
- Machno-Solidarität 独FAUとウクライナRKAS(革命的アナルコ・サンディカリスト連盟−ネストル・マフノ)の共同プロジェクト
- Федерация Анархистов Сумщины スムィ・アナキスト連盟 マフノのページ
- Soyuz Anarkhistov Ukrainy ウクライナ・アナキスト同盟
- Zaraz.org キエフの情報ポータル
4月2日、ロンドン反G20
2日・ロンドン。銀行前は機動隊と情報部隊 FIT に制圧され、行動は散発的になった模様。うむむ。
G20 April 2nd Action Day (Indymedia London)
Photos : 1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
International Solidarity Actions: Auckland | Helsinki
追記:ありゃりゃ、ポリに制圧された Rampart ってスクウォット拠点の rampART じゃん。G20カフェとか集合スペースを提供してたからやられたんだな…… ちなみに、一連のG20行動でパクる口実としてさんざんつかわれたものに、03年に制定された「反社会的行為取締法」(Anti-social Behaviour Act)ってのがある。やわらかくいうと「迷惑取締法」、どこかできいたようなフレーズ。「刑事裁判および公共秩序法」(Criminal Justice and Public Order Act 1994)はレイヴ行動をとりしまるためにつくられた治安弾圧法だといわれるけど、街頭行動に対する捜査手法をさらに強化するためにABAが新設されたとも位置づけられるだろう。rampART 弾圧の分析については UK Police Raid G20 Protester Spaces(Twin Cities Indymedia 投稿記事)参照。ABAについてもでてくる。とくに14条でひっかけられるとかって話で、条文見ると「反社会的行為」の範囲がものすごくひろい。いやーたしかに「安全安心」はそこらじゅうを席巻してる。しかしいったいだれのための「安全安心」なのか。G20? 金融資本? 投機に憑かれたカネの亡者ども?
G20 April 2nd Action Day (Indymedia London)
Photos : 1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
International Solidarity Actions: Auckland | Helsinki
追記:ありゃりゃ、ポリに制圧された Rampart ってスクウォット拠点の rampART じゃん。G20カフェとか集合スペースを提供してたからやられたんだな…… ちなみに、一連のG20行動でパクる口実としてさんざんつかわれたものに、03年に制定された「反社会的行為取締法」(Anti-social Behaviour Act)ってのがある。やわらかくいうと「迷惑取締法」、どこかできいたようなフレーズ。「刑事裁判および公共秩序法」(Criminal Justice and Public Order Act 1994)はレイヴ行動をとりしまるためにつくられた治安弾圧法だといわれるけど、街頭行動に対する捜査手法をさらに強化するためにABAが新設されたとも位置づけられるだろう。rampART 弾圧の分析については UK Police Raid G20 Protester Spaces(Twin Cities Indymedia 投稿記事)参照。ABAについてもでてくる。とくに14条でひっかけられるとかって話で、条文見ると「反社会的行為」の範囲がものすごくひろい。いやーたしかに「安全安心」はそこらじゅうを席巻してる。しかしいったいだれのための「安全安心」なのか。G20? 金融資本? 投機に憑かれたカネの亡者ども?
4月1日、ロンドンでのG20抗議デモで死者1名
4月1日、引き続きロンドンにて反G20行動。詳細不明ながら、シティのイングランド銀行前で1名が死亡し、UK Inydymedia が情報提供をよびかけている。
以下、G20 April 1st Action Day (Indymedia London) より
Pics: [ 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 ]
Climate Camp Video | Youtube: [ 1 ] | London imc Videos
なおこの日、ロンドン金融街のシティでは街頭キャンプ(ClimateCamp)が敢行され、警察がこれを排除・弾圧した。深夜の警察発表では逮捕者は87名におよんだという。
Pictures from the Climate Camp in the City:
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11
2日にもイングランド銀行前でデモンストレーションが行われる(た)。(報告はこれからまとめられるでしょう)
以下、G20 April 1st Action Day (Indymedia London) より
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Climate Camp Video | Youtube: [ 1 ] | London imc Videos
なおこの日、ロンドン金融街のシティでは街頭キャンプ(ClimateCamp)が敢行され、警察がこれを排除・弾圧した。深夜の警察発表では逮捕者は87名におよんだという。
Pictures from the Climate Camp in the City:
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2日にもイングランド銀行前でデモンストレーションが行われる(た)。(報告はこれからまとめられるでしょう)
28日、各地でG20サミット抗議デモ
28日、G20金融サミットをひかえたロンドンで抗議デモに4万人の参集。
写真: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 動画 | 音声
YouTube: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | アナキスト集会での演説
Flickr: [pool] 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10
ロンドンのほかにも、ベルリン [動画 1 | 2]、フランクフルト、バルセローナ、ヴァレンシア・アラカン、マドゥリー [他の写真]、セヴィーリャ [動画]、サラマンカ、ジュネーヴ、ヴィエナ [他の写真] でデモがおこなわれた。ベルリンでは警察がデモを攻撃し、数名が逮捕された。
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ロンドンのほかにも、ベルリン [動画 1 | 2]、フランクフルト、バルセローナ、ヴァレンシア・アラカン、マドゥリー [他の写真]、セヴィーリャ [動画]、サラマンカ、ジュネーヴ、ヴィエナ [他の写真] でデモがおこなわれた。ベルリンでは警察がデモを攻撃し、数名が逮捕された。



