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労工として殺され、生きる人々

2009
08-12
戦時中の中国人強制連行問題といえば、たとえば花岡事件などは知っていたつもりですが、七尾の強制連行についてはまったく知らずにいました。それでなにがオトシマエだおまえは状態ですが、とりあえずリンクだけ。ウェッブページのタイトルの漢字が一字違っているようですが、七尾中国人強制連行問題
 運動体のサイトがないため地方議員さんのページへのポインタです。でも、サイトなんかなくても運動はできます。基本は紙つぶてです。

 さて、七尾の運動については、9日一緒に持ち場についた方にいろいろと教えてもらいました。びっくりしたのは、「いつのまにか前におしだされて──」と語ったその方が、ほとんど持ち出しで運動にとりくんできたということ。裁判闘争をすすめるために、たびたび大陸にとんで交流と調査を続けてきたというのです。どこかの篤志家がカンパしてくれるわけでもありません。他の仲間たちや弁護士もまったくの手弁当だそうです。それでもそれを助ける人々がいるから社会運動が成立するのです。人間の歴史は政治がかなりの部分をしめますが、政治に直接かかわらない人間もまた歴史をつくるのだということをよく示している話だな、と思いました。
 そしてわたしはただひたすら頭があがりません。前面にたつことと裏方の仕事に違いはないと思っていますが、ことこうした運動で前面にでることで引き受けざるをえないリスクというのもまた確かにあるからです。それは単に経済的負担というだけでなく、日本帝国主義の罪業を認めようとしない自民族中心主義者からの攻撃をも引き受けるということを意味しています。

 話をきくなかで、印象にのこったことをもうひとつ。
 強制労働の当該や「労工」として殺された人々の遺族が、最近までずっとだまってきたということ。「おまえ(のおやじ)は日帝のために働いた」といわれるのがおそろくして沈黙してきた経過があるというのです。これは当然にも戦争がなければありえない悲劇です。日本帝国主義の罪業は、戦争そのものだけでなく戦後もたらされる事態によって倍加せざるをえないのです。戦争と革命からある程度の時間が経過し、ようやく証言にたつことが可能になったということもあるでしょう。しかし沈痛の黙秘という事態を動かしたのは、やはり人間どうしが交流する社会運動あってのことです。

 大陸各地からきた人々はそろいのゼッケンをつけていて、前面には怨とありました。
 偶然にも怨ということについて思うところがあって、そしてなぜか愕然としました。慰霊行事で当該や遺族が慟哭にくずれおちても怨念はきっと昇華されないだろうと、そう思うことの不遜さを懼(おそ)れながら、なぜかそう思わざるをえませんでした。困苦は集団的でありながらも、結局は一人ひとりのものであるしかないからかもしれません。
 ではかわりに「人民連帯」によって怨みが晴らされるのでしょうか。あるいは帝国主義の打倒によってでしょうか。わたしには分かりません。ただ少なくとも、人々の実際の連なりのなかでなにかが動くということが確実にあります。それだけのことを思いながら、大陸からきた人々がうたうインターナショナルのサビの部分だけをそっと唱和しました。

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noiz

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