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菊岡久利

2008
10-07
菊岡久利 きくおか・くり
1909.3.8~1970.4.22 詩人・小説家。「本名」・高木陸奥男(むつお)。別号・鷹樹寿之介。青森県弘前市生れ。第一外語露語科卒。若くしてアナキストの運動に合流。

青森県近代文学館によれば、弘前に生まれ、母方の実家のある秋田県の小学校に入学とある。以下、同文学館から。
・小学校卒業後上京、海城中入学→中退、黄瀛・尾崎喜八・宮崎丈二らと詩誌『海』出す
・1925年 秋田・小坂鉱山大争議に参加
・1930年11月 『弾道』に農本主義批判を書く。
・1935年 岡本潤と詩誌『反対』主宰
・1936年 武田鱗太郎主宰の『人民文庫』に詩を寄せる。日本無政府共産党事件被疑者として勾留中、友人の支援で詩集『貧時交』発行。
・1938年 大井廣介主宰『槐』(えんじゅ)の創刊同人となる(40年『現代文学』改題)
・戦時中に転向し、頭山秀三門下となる
・1947年 高見順、池田克巳らと『日本未来派』創刊

無共党での弾圧はとばっちりと思われる。『槐』は『人民文庫』廃刊後に残党が興したもの。アナキスト系のプロレタリア文学運動から、ボルシェヴィキに近い『人民文庫』『槐』へというシフトは、堀田昇一の軌跡と重なるものがある。

※堀田は熊本県天草出身で、上京後の20年代は全国自連派の黒色自由労働組合にいたことがある。黒色自由は東京南部を活動範囲とした立ちん坊(日雇い労働者)の労組で、ボル派との抗争を繰り返した。堀田はその後、ナップなどボル系プロ文へ移行。

菊岡の転向の経緯は不明。また戦後の『日本未来派』にはどのような立場から参加したかも要調査か。しかしとにかく詩「貧時交」を見ると詩集が欲しくなる。ただいま素寒貧なので、手にするのは先のことになるだろうけれど。

cf.
- 青森県近代文学館 菊岡久利 作家解説プロフィール
- 卞宰洙〈朝鮮と日本の詩人-68-〉 菊岡久利
- 【青森県近代文学の名品】Vol.24 菊岡久利 色紙「りんご」
- 【青森県近代文学の名品】Vol.64 菊岡久利 短冊「師横光利一 嗚呼薨去す 光、影、柩車ゆく 久利」
- 菊岡京子『谷の風』

菊岡京子(きくおか・きょうこ) 
本名、高木京子。大正10年3月父鈴木喜平、母ヤスの次女として東京日本橋に生まれる。昭和3年東京市立坂本小学校に入学。昭和12年精華女学校を卒業。昭和22年詩人菊岡久利と結婚。東京都中野区に住む。昭和25年鎌倉市佐助に転居。昭和26年長女ノンコ誕生。昭和35年次女エシノ誕生。昭和45年菊岡久利死去。その少し前に鎌倉小町通りに和紙専門店「社頭(しゃとう)」開店。平成13年次女エシノに社頭経営をゆずり現在に至る。(「BOOK」データベース)

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