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現代のドヤ、拡散する寄せ場

2008
10-08
石原慎太郎都知事が3日の定例会見で、「ネットカフェ難民」を問題として騒ぐなとの所論の根拠として、同喫茶店より相場の安い宿があるとして山谷地域の簡易宿泊所をあげた。相場は「200~300円」などとする現状を無視した発言が問題となり、風評の観点から台東区長・区議会議長らが抗議する事態となっている。

山谷地区にある安宿の相場の実相はといえば、桁が一つ多く、2000~3000円台が中心的な価格帯だ。現在の東京で最も格安の宿といえば、おそらく一部屋に二段ベッドを詰め込んだドミトリータイプのレストハウス(レストボックス)で、相場は1000円台である。

簡易宿泊所とは何か。木賃宿、俗にいう「ドヤ」(宿の逆語)である。山谷がかつてドヤ街と呼ばれたのは、人足を日雇いで「売り買い」する寄せ場が山谷にあり、日雇い労働者の投宿をあてにするこれらドヤもまた密集して存在してきたからだ。漫画「あしたのジョー」の細民街の描写は、これが元になっている。なお、職安、寄せ場(飯場)、安宿の密接という街の情景は戦前からのものである。

寄せ場にまわされる仕事が激減している昨今、とうに溢れた日雇い労働者はドヤの主要な客ではなくなっている。いや、かつての日雇い労働者で、高齢化に伴い運良く生活保護を確保できた人間が最も多い。西澤晃彦によれば、97年現在でドヤ宿泊者の過半数がこれらの人々である。しかし宿泊所を経営する側は生き残りをかけて「一般客」の呼び込みを課題としており、ウェブサイトを持つ宿はかつての木賃宿のイメージを払拭させ、新たなユーザを想定した案内を出している(もちろん従来タイプの宿もまだまだ多い)。実際、バックパッカーや、ビジネスホテル代わりに使う人たちも増えている。山谷では投宿先を探す「外人」をちらほらと見かける。山谷の地名が抹消されたのは住居表示制度が実施された1966年だが、バブル崩壊や経済構造の変化の影響もあり、いまや実体的にも山谷はかつての山谷ではなくなっているのだ。

かつてドヤの圧倒的利用者であった日雇いのセンパイたちはどこに行ったのか。その多くが生保受給者としての長期宿泊者になっただけではない。ある者は各地の飯場へと移動し、またある者は野宿へと向かうこととなった(向かわざるをえない事情があった)。隅田川沿いのテント・小屋掛けの集団野営を、人は知るだろうか。隅田川沿いに限らないが、これらテント・小屋はセンパイたちの住処である。日本経済の高度成長期を底辺で支えた彼らは、山谷周辺で野宿者となっているのである。高齢化しつつある寄せ場の日雇い労働者は(山谷労働者福祉会館によれば山谷では50歳代後半という)、仕事を失えばすぐに路上に放逐される状況にあるため、労働力「市場」の変化とともに寄せ場周縁で「見えない存在」へと転化せざるをえない。それに流動・転出先は寄せ場近隣に限られるものではなく、都区部の各盛り場もあげられるだろう。盛り場ではそれだけ「エサ」場も多くなるからである。新宿・渋谷・池袋等々──、しかし彼らが存在するのは都市の陰の領域だ。多くの人が気付かないし、気にもとめない。

東京都下には野宿者(野宿労働者)が集住するコミュニティが存在している。しかし集団的な野宿は、実際に「地域住民」としてでなければ見えないものだ。「少年がホームレスを襲撃した」などの陰惨な事件報道などでようやく知る・思い起こす人の方が圧倒的だろう。こうした状況は、野宿者をやっかいもの扱いし、迷惑視する「市民」の態度に支えられて成立する。野宿者は現に生きているのに、見えないものとされているのである。今回、抗議者として登場した台東区にしても、隅田川沿いなどの集団的な野宿者に対しては排除・「新規流入」阻止の執達吏でしかない。役人を支えるのは正当化された「迷惑」の論理である。だから彼らは「街のイメージ論」しか語ることができない。

話をもう一度、ネットカフェとドヤに戻そう。石原都知事は、山谷のドヤを利用しないネットカフェの客はぜいたくなのだと筋立てたかったのだろうが、そもそもネットカフェじたいが簡易宿泊という機能を提供している以上、それらカフェ宿が否が応でも現代のドヤとなる状況をまったく理解していないと言える。

「ネットカフェ難民」の主役は若手の日雇い労働者だ。彼・彼女たちはスポット派遣企業に登録して日雇いの仕事をえるというギリギリの暮らしをしている。日払いのデヅラ(賃金)しかあてにできない人にしてみれば、月極の清算となる通常の賃貸住居という住処の確保はおぼつかない。日雇いは月単位でものごとを進めることが困難だ。だからこそ宿泊可能なネットカフェや漫画喫茶は、レストハウスなどと並んで現代のドヤたりうるのである。

また、現代の日雇い派遣労働で活計を手にするものにとって、コスト以外の面からいっても山谷という東京東部の一地区に納まるのは現実的ではない。仕事を毎日獲得できる保証もなく、派遣される先も様々という状況がかつての寄せ場と類似していたとしても、現代の手配師たる派遣業者は山谷には集中していないからだ。スポット派遣企業は、都区部の沿線各所に営業拠点を持っている。仕事も分散している。寄せ場のように手配師が職安付近の一地域に群がっていれば、求職の場と居住する場は重なっていた方が何かと都合がよいはずだが、現代の日雇い派遣は、ドヤの簇生と労働者どうしの交流という地縁の外延的形成を提供する機能を持たない。都区部各所のネットカフェなどが宿として利用されるのは、そうした事情にもよっている。

つまり「ネットカフェ難民」とは、寄せ場が都市社会全体に拡散してきた──〈寄せ場の社会化〉とでもいうべき状況の産物にほかならない。グッドウィルが日雇い派遣業を廃業し、フルキャストもまた撤退しようというこんにちにおいても、流動化(「柔軟化」)する雇用・労働の状況は基本的に変わらないと思われる。「雇用の安全弁」として都合のいい存在を、強大な経営者団体が要求し続けているからである。労働社会・労働力「市場」と、雇用の需給を補完する福祉の在りようを変革しなければ、「難民」は確実に増え続けるだろう。

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派遣労働者の歌
はじめまして
企業経営の調整弁にされてしまっている非正規雇用、派遣労働の問題に一石を投じる歌を派遣労働者 叉葉賢(またはけん)氏が youtube に発表しています。

http://jp.youtube.com/watch?v=v0siyuT_0as

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