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韓国の反徴兵運動について思い起こすことども

2009
10-22
雨宮処凛さんがマガジン9条でキム・ソンハさんのルポをまとめている。韓国人のキムさんは日本に滞在中で、徴兵拒否の当事者だという。
 韓国には徴兵制がある。オトコだけの徴兵だ。拒否すれば投獄。おまけに代替制度もない。それじゃみんな軍隊いくんだろうなと思うと、拒否する人もいる。投獄覚悟で徴兵を拒否する人たちが存在するのだ。
 たとえば、徴兵制がらみでもっともおおくの被弾圧者を輩出しているといわれる「エホバの証人」の場合、徴兵検査は受けて入営するものの、実地の訓練で武器をもつところで最後的に拒否して抗拒罪(抗命罪)で投獄されるケースが多いときく。仏教徒でも拒否する人がでた。もちろん「反戦・平和」などの思想信条によって拒否する人もいる。いずれにせよ、韓国で(徴兵逃れではなく)徴兵拒否が社会的問題として大きく表面化したのは、2001年以降のことだったと思う(2000年からぽつぽつ動きは現れていたようだけれど)。
 なお、アムネスティは2002年に、「韓国では毎年500人以上が良心的徴兵拒否で投獄されている」と報告している。

ところで、雨宮さんのルポ「韓国・徴兵制なんて嫌だ! ある若者の闘い。(その3)」では、キムさんに「だめ連」の存在を教えた「A氏」の存在が言及されている。なぜ伏せられているのかよくわからんのだけど、通称ブンブンのことだろう。ブンブンは2001年1月に東京で“叛徴兵マニフェスト”を書きあげ、帰国後しばらくして騒動をまきおこしたアナキストだ。東京滞在中に19歳になってソウルにかえった兄ちゃんで、セックスピストルズでアナキズムを知ったというパンクスでもあった。
 ブンブンは2000年12月に東京にやってきて、早稲田にある「あかね」という知る人ぞ知る“交流居酒屋”を根城にして、日本の気のいい連中と交流しまくった。「おそらく韓国の徴兵問題についてアピールしようと思ってきたのだろう」という雨宮さんの書き方はちょっとおおげさかもしれない。ブンブンはまず友人をたよって東京に遊びにきたんだ、というのがぼくの印象だからだ。遊びにきたというのはほんとうのことで、うちに泊まり込んだときにゃ古谷実のギャグ漫画を見て笑い転げていたもんだ。はじめ飛び入りで店番をやって、あとですっかり定着してしまった「あかね」では、よくチヂミを焼いていた。みんなかどうか分からないけれど、お人好し連中の多くがブンブンの人なつっこい笑顔につられて笑った。
 もちろん徴兵がいやだというブンブンの気持ちは、東京にくるまえからのものだった。そうして東京滞在中に日本には徴兵制度がないと実際に耳にすることになり、「おれだって軍隊なんかいきたくねー!」「アナキストといっておきながら国にしたがうしかないのか」というせつない思いをあふれんばりにさせていったのだろうとぼくは見ている。ブンブンは宣言を書くまえから、東京の友人たちと徴兵についてよく議論した。もちろん話が韓米・日米の安保体制におよぶこともしばしばだった。「あかね」でブンブンと交流した多くの人たちが、徴兵制度、ひいては現実の軍事体制の問題について考えさせられたことだろう。道場親信さんが東アジアにおける軍事体制と徴兵制とのかかわりについて考究しはじめたのも、ブンブンの反徴兵の思いに接したことが契機となっている。
 こうしてブンブンは年明けにマニフェストを書いた。おまけに帰りたくないとグズついているうちに案の定オーバーステイ。空港でとっつかまって入管に送られ、しばらくそこに留め置かれたが、友人の支援もあってドタバタしながら帰途についた。

2001年2月にソウルに帰ったあと、ブンブンはアナキスト仲間の協力のもとにウェブサイト Anti-Military Service! をたちあげ、反徴兵宣言を公表した。宗教的信条による良心的拒否ではなく、思想(アナキズム)にもとづく反徴兵宣言は前例がなかった。あくまで「反徴兵 anti-military service」であるところに、ブンブンと仲間たちの意志が示されていた。翌年の3月に東京から支援者が訪問したとき、かりに代替制度があったとしても、国家にしたがって服務することに否定的な意見をブンブンは伝えている。
 でも、反徴兵を公然と宣言すればやっぱりそのままですむわけがない。しかもアナキストの立場からキッパリといいはなったのだから、国家権力が黙っているはずがなかった。2001年3月には、徴兵拒否・忌避関連のウェブサイトに対する警察の捜査がいっせいに開始された。照準をあわされた3サイトのなかには当然ブンブンたちの Anti-Military Service! も含まれていた。というより、政治思想的な立場から反徴兵を公然と掲げたブンブンたちがもっとも付けねらわれた。しかしブンブンと仲間一人は刑法違反(「徴兵拒否団体加入罪」)を理由に警察からの出頭要請の攻撃を受けたものの、これを拒否。直後に諸団体が逮捕されないように声明してくれたが、同時期に存在していた他の徴兵拒否サイトや、徴兵逃れ(徴兵忌避)の情報交換サイトなどは自粛するなどしてつぶれた。また残ったサイトもやがて消滅していった。とうのブンブンたちのサイトも、翌年の5月には国家によるインターネット検閲がもとでホスティング会社が恫喝され、強制的につぶされることになる(のちに復活するが現存しない)。こうした一連の動きをハンギョレ新聞などのマスコミがとりあげ、騒ぎがひろまったのだ。
 こうしてブンブンがソウルに戻ってすぐに波乱がまきおこったため、心配した東京の友人たちが4月末にソウルにとんでメーデーでの宣伝活動に合流した。ぼくがソウルのメーデーってものすげえんだなと直接知ったのは、このときのことだ。東京の有志はのちに「韓国の反徴兵運動に連帯する会」をつくって活動し、リーフレットや日本語情報サイト(現存しない)を制作するなどしてソウルでの動きを伝えたのだった。
 紆余曲折もいろいろあって、ブンブンは不安でつらい時間を長くすごしたはずだ。しかし2002年5月、ついに兵務庁から「おまえはいらない」と通告されてブンブンはお役御免となった。これはほんとうに例外的なことだった。政府高官だの金持ちだのの息子に徴兵逃れが可能でも、おおっぴらに徴兵制度を問題にして放免された人間はそれまでにいなかったのだ。昔だったらむりやり軍隊にたたきこまれてイジメぬかれていたかもしれない。この例外措置はひょっとしたら、ブンブンたちが反徴兵だけでなく反軍・反国家などの韓国政府にとってトンデモナイことを宣伝しまくっていたことに関係しているような気もした。兵務庁からの徴兵免除通告と並行して、ブンブンたちの反徴兵サイトが弾圧されたため、よけいに思想宣伝が問題とされたように思えたのである。
 ブンブンは「生真面目」に運動するのが苦手なやんちゃ坊主だったけれど(延世大の文化祭にバンドで参加するも尻出しを糾弾されたことがある)、それでも韓国のいろいろな大衆運動の場にしっかり登場して徴兵制の問題を訴えている。2001年のソウルのメーデーではアナキスト仲間とともに黒旗をふりまくって駆け足デモに参加した。もちろん徴兵拒否者としてのさまざまな場への登場は、仲間のサポートがあってこそのことだった。同時期に拒否した人々も含め、サポートしてくれる弁護士チームだってつくられた。だから推測できる理由がどうあれ、ブンブンが軍隊にとられなかったのは「みんなのおかげ」だったはず、ともいえるのだ。その後かれは世界放浪の旅に出て、いまは韓国に戻っている。
 いずれにせよ、大韓民国はいまでも朝鮮民主主義人民共和国とは「休戦」の状況にしかないのだし、それにアメリカが軍事面でおさえつけているわけだから、運動規模としては小さかったともいえるブンブンたちの挑戦は、社会的には大きな問題を提起していたのだと思う。しかし、いまも韓国には徴兵制度が厳然としてあり、代替制度はない。徴兵を拒否すれば投獄されるという状況に変わりはないのだ。だからキム・ソンハさんの闘いの困難さを思うと、陰鬱な気持ちになる。でも、本人ががんばる以上はやっぱりがんばってほしい。

ところで、そもそもなんでブンブンが東京に遊びにきたかというと、そりゃアナキストの“友だちネットワーク”のせいだとしかいいようがない(笑)。これはネタでもなんでもなくて、東京からソウルにたびたび出かけては現地のアナキストと交流していた日本人アナキストがいて、その人の交友関係からはじまったともいえる。
 ブンブンの東京行きには、仲間うちで先輩にあたるマニック(通称、この人も若かった)も同行していて、「ちゃんと帰ってきなさいよ」といいのこして先に帰ったのだったが、やはり親身にサポートしてくれたひとりだ。韓国の徴兵制は男性固有のキャリア形成に結びついており、当時すでに軍事問題は性差別の問題でもあるとあらためて捉えられはじめた時期だったことも手伝ってか、マニックの仲間のフェミニストも支援してくれた。
 そしてブンブンとマニックの運動仲間にコリアン・アナキスト・ネットワークを運営していたドープヘッド(通称)がいて、かれがそのサブサイトとして反徴兵サイトをつくって強制閉鎖の憂き目にあったのだった。ドープヘッドは反戦・反基地運動などでいまも活発に活動している。
  • 2000.12 ブンブン、東京にくる
  • 2001.1 ブンブン、東京に滞在したまま19歳となり(徴兵対象年齢)、“叛徴兵マニフェスト”執筆。オーバーステイ状態へ
  • 2001.2 ブンブン、ソウルに戻り反徴兵運動開始。インターネットを駆使して活発に宣伝をくりひろげる
  • 2001.3.20 徴兵拒否関連のウェブサイト弾圧で3サイトに関連捜査。ブンブンたちのサイト Anti-Military Service! も捜査対象とされ、圧力がかかる
  • 2001.4.11 反徴兵・忌避関連の5サイトを捜査し、2サイトを閉鎖、3サイトに内容を全面改変するように措置したと警察が公表
  • 2001.4(下旬) 東京より友人数人がソウルに激励訪問
  • 2001.5.1 ソウルのメーデーに合流。一連の労働争議弾圧の直後ということもあり、緊張感がみなぎっていたが、労働者の大結集で警察は要所警護のみで手を出さず。東京のメーデーでも有志がビラまき
  • 2001.7.29 ソウルからブンブンの友人であるイ・ユンスクさんとマニック(通称)を迎え、東京の有志が早稲田奉仕園で集会を開催。(『かけはし』に掲載された報告記
  • 2001.9 ブンブンの徴兵検査期限
  • 2001.10 ブンブン、韓国中を旅してまわる(済州島も訪問)
  • 2001.10.11 親もとに徴兵検査通知が届く(ブンブンは放浪中)。以後、親と親戚からの圧力が強まる。とくにお母さんからの懇請に負け、変則的に病院で検査をうける(結果は兵務庁に通報)
  • 2001.11 『週刊金曜日』第388・389号に取材記事掲載。竹内一晴「韓国青年ブンブンの徴兵拒否宣言(1)・(2)」
  • 2002.1 稲垣真美『良心的兵役拒否の潮流』(社会批評社)刊行(※ブンブンとは直接関係しないが参考として)
  • 2002.2.20 ブンブンらアナキスト仲間がブッシュ訪韓反対集会(野外)に参加、ブンブンがデザインした反ブッシュTシャツが100枚はける。ドープヘッドのギターにのせて「軍隊に行くな」を歌う
  • 2002.3.11-15 東京より支援者がソウル訪問し、ブンブン(20)、仏教徒の良心的徴兵拒否者のオ・テヤン(呉太陽)さん(26)と交流。オさんは2月に在宅起訴処分を受けていた
  • 2002.3.14-15 ブンブン、オさんと初めて会い、徴兵拒否談義をかわす
  • 2002.5 「韓国の反徴兵運動に連帯する会」、パンフ『韓国の反徴兵運動を考える』発行
  • 2002.5.24 延世大で開催された徴兵拒否をテーマとする平和人権文化祭で、ブンブンが参加するバンド「女子高生解放戦線」のライブ中に尻を出し、演奏強制中断。女子学生総会から糾弾を受け企画者側が謝罪
  • 2002.5.27 サイト Anti-Military Service! が、インターネット検閲機関のICEC(情報通信倫理委員会)の「審議」にもとづく二ヶ月の閉鎖命令と、反徴兵・反軍の主張が憲法違反だとして関連情報の削除要求を受ける。同日『大学生新聞』によるブンブンのインタビューが公表される(取材は4月20日)
  • 2002.5.29 ブンブン、兵務庁より徴兵せずとの通告を受ける
  • 2002.5.31 警察から圧力を受けたホスティング会社がサイト Anti-Military Service! を強制閉鎖。インターネット国家検閲に反対する共同対策委員会が抗議声明を即日公表
  • 2002.6 『日韓ネットニュース』22号に記事掲載。亀田博「韓国の反徴兵運動」
  • 2002.7.27 「韓国の反徴兵運動に連帯する会」、早稲田奉仕園でシンポジウム「兵隊にならないこと・戦争に行かないこと:反徴兵を日本で考える」を開催
  • 2002.8 『市民の意見30の会・東京ニュース』73号に記事掲載。道場親信「反徴兵を日本で考えること」
  • 2004.4 『南を考える』第6号に記事掲載。相川陽一「日本国憲法への「まなざし」を感じていくこと:韓国の徴兵拒否青年との出会いから」
参考
韓国の良心による兵役拒否の現況と人権 第60回国連人権委員会共同報告書(2004)
韓国徴兵制と人権問題を考えるPANDA(2007~)

追記:「徴兵制の方が民主的」?

Trackback

Comment

知り合い?
私です。が ブンブンとは結構交流がありました?

ほかにもいろいろ話は勿論あります。


 私自身はいつでも会えるのでいつでも連絡を…

よりふかく話はありますね。興味のあるあるかたとは一緒に何かやりたい気持ちで。 


高円寺から!
へ!
はい
最近は連絡していませんが、ブンブン(とブンブンの仲間たち)と交流していました。メールします。
  • 2009-10-28│19:41 |
  • noiz URL│
  • [edit]
No title
最近マガジン9条で雨宮さんの「大分KCIA」の連載があります。同じく徴兵問題です。

ブンブンさんの場合はもうちょっと詳しくいいますと、彼は免状になるということを知っていて当時の偽装に近い精神病の診断を既に手にしていたので可能な活動でした。

殆どの人はそのような大胆な活動ができない理由は裁判で絶対負けるからです。 戦略的にいい人で、残念なところをいうと他の人には自分が通って病院などを隠していたことなどあります。
これも批判するよりも彼にとっては必死なものであったでしょう。

マガジン9条では私自身、今月中から連載をはじめる予定ですが、かなりブンブンさんには残念なところもあります。 
彼は海外で会った韓国人たちに犠牲を要求していたので、刑務所にいけばいいみたいな議論に私たちなり反発があったので、来ています。 また複雑な話ではあるが、とにかく私としては雨宮さんの記事でだいたい我々の立場を明らかにすることができたようです。

そういう意味でブンブンさんはパイオニーア的な存在ではあるが、その他には残念な気持ちもあるし、当時助けてくれた日本の人々も殆ど今頃は参加してくれないこともあるので、とても残念な気持ちです。 多分結局我々は徴兵されるしかないでしょうね。 

  • 2010-03-31│09:17 |
  • キム・ソンハ URL│
  • [edit]
個人と戦略
「徴兵のがれ」の側面では、たしかにキムさんが指摘するような「いい戦略」がブンブンにはあったのだと思います。わたしには実際のところは分からないままなのですが、少なくとも家族との関係もあって過去の通院歴を含めた「検査」を兵務庁に提出することで免除となったと聞いています。そのプロセスが韓国の「同志たち」に理解できるものかどうかで、困難があっただろうと推測します。東京にいたわたしたち支援者も、個人の戦略について共有できずに終わったと記憶しています。
それとブンブンが「海外で会った韓国人たちに犠牲を要求していた」とか「刑務所にいけばいいみたいな議論」についても、詳細を知りません。しかしそれが仮に免除後のことだったなら、公平な態度とはいえませんね。徴兵を拒否したいという大変な苦しみと希望を、社会運動として共有できるものにする戦略の視点がありません。その意味ではブンブンの「運動」と「戦略」は個人的に突出していたのかもしれません。ただこれは憶測にすぎないので、これ以上推測によるおしゃべりはやめておきます。

それからソンハさん、これから肝心なことを申し上げます。運動の広げ方については、あなた自身と、運動体(PANDA)の努力にかかっているのではありませんか。そのときどきの日韓/韓日の社会状況、国家間の関係、民衆個々人/運動体の関係、あるいはもっと緩やかな友人の関係などは、いつも同じものとは限りません。ブンブンをたすけた韓国の同志たちのうち、ドープヘッドはいまでも社会運動に尽力していますね。しかしすべての人がドープのようではありません。東京でブンブンを支援した人々もおそらくはそうでしょう(でも他の社会運動に携わっている人もいる)。
「運動からいなくなること」を、あなたはどうしたら非難できると思いますか。徴兵拒否の主体として、その生存をかけてネグレクトを糾弾しますか。
もちろん支援者が大勢にならない以上は、徴兵拒否の闘いはとてもつらいものになるでしょう。その意味では、現在のPANDAの運動に参加しようとしない、かつてのブンブン支援者に対するあなたの気持ちを理解したいと思います。というか、コミットせずごめんなさい。
しかしかりに当事者と支援者の運動が日本(東京)で拡大したとしても、徴兵の日は確実にやってきます。そのときどうするかという展望を持つことがむしろ重要なのではないでしょうか。
外部から展望を持てなどということは、徴兵制の苦しみを知らずにすますことができる日本人としては傲慢にほかならないのですが、しかし支援の運動は「当事者がどうするか」ということにかかっていることは、あなたもよくお分かりのことだと思います。また個人の徴兵拒否・徴兵制反対の思いをどのように社会的に広げるかという点では、自分以外の徴兵予定者たちや徴兵拒否の先輩たち(たとえば「良心的徴兵拒否実現と代替服務制度改善のための連帯会議」のオ・テヤンさんなど)とのつながりを模索する必要もあるでしょう(その意味で雨宮さんの大分KCIAさんの取材記事は興味深い)。この点からもやはり、「いまは日本にいる」あなたが今後を見据え、おおまかでも方針をもつことが重要だと思います。そしてその方針を外部支援者という他者が共有しうるものとして開いていくという、丁寧で大変な作業が必要になるのではないでしょうか。
すみません、ソンハさんとPANDAの人々に対して、わたしなどがいまさらいうまでもないことでしたね。

わたしは韓国の男子青年たちが、望んでいないのに徴兵にとられていくことを一方的に批判しようとは思いません。軍事体制はその社会との関係ぬきに考えられないことであり、大戦後の東アジアの状況には、日本国家と日本人も関与しているからです。朝鮮戦争では「国連軍」(実はほとんど米軍)がこの日本を出撃拠点と兵站基地にしています。日本だって艦艇を極秘裏に派遣しています。そしてなによりも朝鮮半島の分断に日本は歴史的に無関係ではありえません。その意味で、「日本帝国主義下の日本人」として休眠するわたしは、あなたのような人からいくら糾弾されてもされたりないというべきなのかもしれません。
  • 2010-04-01│11:25 |
  • noiz URL│
  • [edit]
No title
その通りです。私としてはブンブンさんの支援woしていた方々に単純に会いたいという気持ちで書いたもので残念な気持ちを表すだけの話でしたが、何か批判のように聞こえたのであればすみません。

今後もよろしくお願いします。
  • 2010-04-21│04:43 |
  • キム・ソンハ URL│
  • [edit]

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Author:noiz
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