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人生問題としてのパンク(笑)

2009
11-02
いまさらの反応なんですが、勤労しない理由~オールドパンクとニューパンク~(1)(2) via "おっさんパンク"vs"フーディーズ・パンク"

ふええ、アナーコ・パンクって「旧パンク」なんだ?

でもそれってたぶん近視眼的なものの見方からくる誤解だと思うな。スクウォットや社会センターはCRASSのダイアルハウスだけじゃないんだぜ! たまたま大方の目にふれないだけで、いまでもアナーコ・パンクは世界中にうじゃうじゃいる(アフリカではきかないが)。もちろんオールドばかりじゃないぜ。
 たしかに、かつてCRASSなんかがメジャーにいったアーリーパンクスを「punk is dead」としてこきおろし、サッチャーのマルビナス戦争(フォークランド紛争)に反対して社会的にセンセーションをまきおこしたようなポビュラリティはいまのUKアナーコ・パンクにはないかもしれない。CRASSやそのあとにつづいたアナーコ・パンクスはロード・プロテスト(road protest)や「シティを止めろ!(Stop the City!)」などのUKにおける反資本主義的な社会運動や、反戦・反核運動とクロスすることでその活動の幅を広げていたともいえるけれど(というかCRASSあたりのアナーコ・パンク運動の全体像は当時の社会運動を理解しなければ把握できない)、アナーコ・パンクの動きが社会運動それじたいの消長に影響されたのはまあ当然だろうね。それに拠点個々の歴史をみるなら、「すたれたな……」という感慨をもつオールドパンクスがいても不思議じゃない。だってひとつの拠点はいつまでも続くものじゃないから。
 だけど、実勢としてはアナーコ・パンクの運動はむしろ世界的に拡大してるんじゃないかな。ヴィールスがあっちこっちにバラまかれてもう消毒のしようもないというか。ラテンアメリカやアジアにもむかしっから飛び火してるし。これってパンクだけに限定される動きなのではなくて、オートノミスト、アナキスト的な運動の動向にからんでる。社会運動、もしくは文化/政治運動の消長にともなってパンクスの“DIY文化”運動もしつこくはびこりつづけているってわけだ。ただしUSの場合は、ヨーロッパから飛び火してきたスクウォッティングは1980~90年代が全盛で、いまではジェントリフィケーションの波にあらわれてごく少数が残ってるだけだという状況についてはいっておかないとまずいかも。それでも ABC NO RIO とかが拠点として頑張ってる。

上記の「勤労しない理由」では、UKにおけるアナキストの運動がソフト路線に変わってきたととらえられているけど、それは一部の動向だけを見た判断ではないのかなぁ~って思う。もちろん CLASS WAR のようなドンパチ派がいったんは下火になったことも事実だけれど、1990年代後半から直接行動にまたもや火がついてUKの治安弾圧テクノロジーがより進んだという状況をふまえないと。シティ暴動とか反サミットとかメイデイとかで一部の連中はやりたい放題だったわけだし、今年の3月・4月にもロンドンで反G20闘争がかなりの規模でまきおこって、rampART というスクウォットが弾圧をくらってたのも記憶に新しいところだ(rampART はロンドンにある DIY 文化拠点としてパンクもすくなからずクロスしてたけど、今年の10月15日に強制排除でつぶされた)。こういうDIYパンクとクロスする拠点はUKにはけっこうあって、もともとはアナキスト系の福祉受給支援の運動体がはじめた 1 in 12 Club もそのひとつ(他所さまの訪問記「1in12」)。ここはギグスペースもあってヨーロッパのDIYパンクにはよく知られた拠点だ。こうした自主管理の拠点はつぶされたり自滅したりしながら、同時に新たにうみだされつづけている(パンクとして?ロンドンにこだわるなら Autonomous London からの情報をたぐってみればいい)。こうした拠点をめぐる攻防にはDIYパンクス、アナーコ・パンクスがすくなからずかかわっている。
 行動するパンクスが社会運動に密接にからんでいる好例として、ダンマルク・ケーベンハウンの Ungdomshuset(若者の家)をあげてもいいだろう。悪名高いノアブロ地区のヤクトヴァイ69番地にあったスクウォット拠点の Ungdomshuset は、2007年3月1日に警察の空挺部隊が急襲して陥落したけれど、それで数日の暴動となってダンマルク政府・ケーベンハウン市政府(コムーネ)に衝撃をあたえている。だってヨーロッパ中からアナキストやらアウトノーメンやらパンクスやらがワラワラとわいてきて結集するわ、14かそこらのクソガキまで独自のデモ隊列くむわで大騒ぎだったのだ。さすがにこんくらいの歳だと暴動の主体にはなりえないけど、それでも未成年が何人もパクられてた。このスクウォットをめぐる闘争は、「暴力反対」の「大人」連中からはおさだまりの非難があびせられた。ききわけのないガキってわけ。でもガキンチョパンクスの親世代にあたるヒッピーやアーリーパンクスなんかも結束して、Ungdomshuset を支持する大デモを敢行していて、ガキの闘争と矮小化することもできない。ここらへんがヴァイキング末裔のふところの深さ?というのか「非常識」というのか「野蛮」というのか(笑)、警察と市街戦さながらのイケイケドンドンの衝突を起こした連中が市当局に代替物件(ドロテアヴァイ61番地)を提供させるという一定の勝利をえてしまうところに、アウトノーメ的な文化/政治運動の強力さがある(もちろん暴動で実刑確定の被弾圧者がでた)。まー街そのものがスクウォッティングだっつうクニスチャニア地区がすぐ近くにあるくらいだから。で、当然 Ungdomshuset にはパンクスがなだれこんでいた。Ungdomshuset はヨーロッパ最大規模のDIYパンク祭 K-Town Festival(現 Shittown Festival)の会場だったんで、パンクスが黙ってるわけがなかった。てゆーかそもそもアナーコ・パンクスはアウトノーメ的な運動の担い手だしね。
 ま、なんにせよ、アナーコ・パンクはジジイだけじゃなくて若いもんもいまだにたくさんいる。
 
どうも話が脱線する。で、パンクの階級問題についてちょっと。アーリーパンクスの一部がアートスクールだのの出身だという話をもってきてパンクはもともと労働者階級のものじゃないんだってまとめたがる傾向があるのは知ってるけど、問題はそのあとなんじゃないかな。とっぱながプチブル的だろうがそんなこたぁどうでもいい。連中はどうせすぐに撤退したんだから。問題は、パンク(あるいはそのあとにつづいたDIYパンク)といわれるシーンに実際にいたのは大多数が貧乏な労働者もしくは失業者だったわけじゃん。パブロックとかとの交差だって、UKプロレタリアートの文化ぬきには考えられないことだし。いいじゃん、もう。受容した圧倒的多数がプロレタリアだったんだから、あれこれいったってしょうがないじゃん。
 ヨーロッパの一部じゃ失業給付が手厚い(=ぬるい)ってことで「労働者階級うんぬん」も神話にすぎないんだってな話にもなるんだろうけど、でもそれって労働者の先達による闘争の成果をうけついでいるだけのことで、パンクを受容したのがまぎれもなく明日なんかないプロレタリアートのクソガキどもだってことにゃ変わりはない。プチブル連中が流行にのってすぐにどっかにいっちゃったのはまあご愛嬌。あおられてパンクにいきついたのが未来に希望ももてない連中で、それがアナーコだか、オイだか(「左」のオイパンク集団──RASH: Red and Anarchist SkinHeads みたいなのもいるけど)にアウトプットが分かれるということはあっても、基本的にみんなロクな仕事もない不安定なプロレタリアかドロップアウト組。商業パンクとそのグルーピーはどうだか関知しないけど、すくなくともDIYパンク、アナーコ・パンク、ハードコアパンクは層としてほとんどがそう。
 それが明確にゲットーの文化として成立してるのかどうかってことで、これまた問題にされるんだろうけどね。アナキズムなんてインテリのものじゃん? みたいな。フーディーズのあっけらかんとした小理屈ヌキのパンクのほうがすがすがしいってのも、字面だけからすればそうかもしれない。でもアナーコ・バンクとかいったって、みんな最初はたんなるカッコイイだけの記号としてサークルAを受容するとか、そういうことなんだと思うんだけどな。それにUKじゃないけど、シカゴじゃヒスパニック系のゲットーから LOS CRUDOS なんかがでてきたってこともある。アフロ・パンクみたいにアフリカン・アメリカンのコミュニティから育てられるってことだってある。パンクがどういう連中にどのように受容されてったのかということは、地域ごとに即して具体的にしかいえないような気もするし、おおざっぱにいえるような気もするし、よくわからん。
 じゃ日本はどうなのよっていえば、やっぱり同じことだと思う。初期はどうだかしらね。でも少なくともハードコアのはじめの方は、はっきりいって不良のにいちゃんねえちゃんの文化の一部。とくにメジャーがどうこうということにはまったく関係しようとしないアンダーグラウンドのハードコアパンクは、社会的ステイタス(笑)の上昇には貢献するわけないし、そういう指向もその背景となるような文化的資質ももたない。むしろそういう地下のパンクスは分断され固定された状況への執着を見せてんじゃないの、と思うことさえある。ハードコア初期土着型の「ジャパコア」なんかをみてもそうだけど、肉体労働者であることを誇示するような装いが一部に定着してきたじゃん。日本での初期ハードコアは、ゾクかパンクかってな案配の「不良」文化との融合という特質もある。昔のライヴハウスって「テメどこよ?」みたいな空気充満してたじゃん(笑)。ケンカばっかでハコからしめだしくって。だから「パンクがヤンキーに殴られていた」(町田康)っつーのは、1970年代末そういう状況があったのかもしれないけど、たんに町田がいた場所がそうだっただけなんじゃねのという気もするんだよなあ。とにかく、パンクがパンクどうしメンチきってドツキあってるっつーのはひところの文化としてあったわけだけど、ヤンキーとハードコアパンクということならむしろかぶってたように思う。で、こーいうのもひっくるめて支持してきたのはまぎれもなく労働者階級のガキじゃないのかって話。ヨーロッパと日本でその見え方が違うのは社会保障のありかたの相違を反映してんでしょ。むしろ「労働神聖」の神話がガッチリ社会をつかみ、最低生活保障としての生保取得にエグいほどスティグマをちょうだいしなきゃならんような日本のほうが状況はよりハードで、「労働拒否」できない環境のなかでヒーコラしながら、それでもなおみんなパンクなんだって(笑)。そりゃおのれの腕一本で労働に勤しんで食おうとするパンクスがプチブルだといかいわれたらむかつくだろう。そんなのはセルアウトした連中にまかせておけばいい話なんでさ。
 でもみんな歳くって人生どうすんだろ? ひとごとじゃないんだが、それこそ問答無用のノー・フューチャー……

最後に。フード付のパーカーはオールドなパンクだって着ています(笑)。

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