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民主党による立憲主義の否定と「戦争国家」への道

2009
11-05
近代民主政における憲法は国家権力の暴走を抑止するために存在する。したがって、憲法は権力行使にたずさわる人々が遵守すべきものとしてさだめられる。それは「国民」が守るべきものとしてあるのではない。この立憲主義の原理は日本国憲法においても貫徹する。
第99条

天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

The Emperor or the Regent as well as Ministers of State, members of the Diet, judges, and all other public officials have the obligation to respect and uphold this Constitution.
この数年来、自民党議員などは「国民の義務」を憲法に明記させようなどと、およそ近代立憲主義の本義への無理解をさらけだしながら改憲論議なるものを行ってきた。まるで「国民」がどのように統治されたいのかをさだめるものが憲法であるかのような倒錯的な「論議」だ。あまりにデタラメすぎて話にもならない。しかし憲法が「人間は暴走する」という歴史的経験からくる現実的解であるなら、このような無理筋の立憲主義の破壊策動にはいちいち闘わなければならない。
 むろん、象徴天皇制に反対のわたしは日本国憲法の改憲そのものを否定しない。しかし改憲論議のドサクサにまぎれて、国家を縛るものという憲法の根幹をゆがめさせてはならないとも考える。これをゆるせばいつか来た道をたどることにもなるからである。旧帝国軍隊は、軍部大臣現役武官制をてことして軍部独走政権を合法的に獲得していった。全体主義は合法的にやってくる。このことを「国民」は忘れようもないはずだ。

いま、与党民主党の鳩山由紀夫首相などが「憲法解釈は内閣が行う」とのべている。これは立憲主義への敵対である。法令の執行状況などについて政治家が官僚に答弁させるのは「議会制民主主義」のしくみとして当然のことだが、官僚答弁を原則禁止にしようと民主党の小沢一郎がわめきつづける目的はどこにあるのか。究極的には内閣独裁ではないのか。こうした民主党実力者の動向に対する造反のきざしは同党内部には見えない。連立をくむ他党も「脱官僚」のマジックワードに踊らされたままだ。なるほど、「変革」がはじまりつつあるといっても過言ではない。
 内閣であれ内閣法制局長官であれ、憲法の「解釈」主体が政府であることに変わりはないが、官僚答弁禁止の策動はある局面でこの政権がもつ本質をもっともあらわにする。つまり、戦争にまつわる国家の本質である。内閣法制局はすでに自衛隊の海外派兵を条件つきで合憲と「解釈」したが、集団的自衛権行使や国連安保理決議下の自衛隊の武力行使については依然として違憲「解釈」であり、「戦争国家」化へのブレーキが名目的にではあれ存在する。しかし現政権がいま躍起になってしかけている「脱官僚依存」の政治劇場に内閣法制局もくみしかれるのであれば、このブレーキすら解除される。「脱官僚依存」の煙幕のもとに立憲主義を扼殺し、内閣法制局長官を官僚として黙らせ、政治家に「解釈」を行わせるとなれば、「戦争国家」への水路はいっきに開かれる。
 衆院戦での勝利につづき、民主党がきたる参院戦で単独過半数の勝利を手にすれば「一丁あがり」ではないか。

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noiz

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