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「徴兵制の方が民主的」?

2009
11-07
「韓国の反徴兵運動について思い起こすことども」へ次のようなコメントが寄せられました。
tari-G これは代替措置の問題。|軍を持つ国家の場合、そもそも徴兵制の方が民主的というのは忘れられがち。勿論代替措置は必須。
代替制度導入は過渡的要求としてありうると思います。しかしそれで人間を差別する軍事という問題にカタがつくわけではありません。
 募兵制度はいうまでもなく「国民国家に支配された底辺階級からなる軍隊」をうみだします。この文脈からすれば、徴兵制度が「皆兵」であるところに「より民主的だ」と感じる心情が出てくることもまああるのだろうなと思います。しかしそれはある陥穽にはまりこんでいます。
 というのも、歴史的にも、また現実のこととしても、徴兵制は圧倒的に「男性皆兵」でありつづけてきたからです。現状で女性も徴兵の対象となるのはイスラエルとマレーシアくらいで、世界的にみてごく少数の存在です(しかもマレーシアでは女性は男性と同じ軍務につくわけではない)。
 近代国家は男性を徴兵し、その代償として男性に選挙権を与えることで「男性だけに平等な国民」をうみだしてきました。近代国家がうみだした国民パラダイムには、男性による社会支配のイデオロギーが貫徹していたとするほかないでしょう。
 〈国民=男〉という人間の断絶を捨象して(おそらく募兵制より)「徴兵制の方が民主的」というなら、性差別の問題を見落とすことになります。元記事では、韓国でも男性のみの徴兵であり、それが男性固有のキャリア形成に結びついていると指摘しましたが、そうした男性性の優位という〈国民軍的社会〉の特質をそのままにしておいていいとは思えません。
 では、女性、あるいはセクシュアル・マイノリティもひとしく徴兵されればいいのでしょうか。性別によらない「国民皆兵」であるならば、その限りにおいて「平等の拡張だ」とは主張できるでしょう。しかしそれはあくまで「国民の平等」です。国民のあいだだけに「民主的」なるものとは、国民国家的な制約のもとにありつづける「なにか」にすぎません。支配的資本が圧倒的に超国籍的に活動しているいま、そして現実の問題としてそこに軍事が密接にからみついているのに、一国主義的な単位で「民主的」といってすむのかどうか。
 さらに代替措置についてですが、韓国に徴兵の代替措置が制度として導入されれば「反徴兵という問題」が解決されうるかといえば、そのことについてもすんなり同意できません。これも元記事で弁別しておいたことですが、すくなくともアナキストを自認していたブンブンは、代替制度が導入されたとしても、その代替サーヴィスに服務することじたいにも疑問を感じていました。結果として「かれ」は特例的に国家の方から「いらない」とはじかれたので、「代替服務も拒否」は現実の問題とはなりませんでしたが、なりゆきによってはそうした厳しい問題が提起される可能性もあったわけです。ブンブンが提起しかけた問題は、代替サーヴィスへの服務もまた、軍事制度にくみこまれた「国民としての奉仕」の本質をもちつづけるということでした。いいかえれば、「かれ」は徴兵制度をとおして国家主義の問題を提起していたということです。
 「反国家」ないし「アナキズム」という姿勢に親和的であるなら、それが仮定の問題であるとしてもやはり重要な問題でありつづけるでしょう。じゃアナキストなんかやめちまえば問題ないじゃんということなら、もちろんこれ以上議論にはなりません。(なおそれでも国民性・性別をとわないパルチザン論や抵抗権論についてならまだ脱線できますが──ただしこういっておいてなんですが、自分が武装する気もない以上はしょせん無責任な放言にしかならないので、あまりそうした議論をする気にはなれません)

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