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川端達夫と東レ労組

2010
01-13
川端達夫文部科学相の政治団体・達友会が、実際には家賃を支払っていないのに多額の事務所経費を計上していた問題が報じられた。この事務所経費について川端は「家賃や光熱費は払っていないが、電話代や郵便代などがかかる」と、いけしゃあしゃあといいわけにもならないタワゴトを吐いている。1987~2008年の22年間で達友会が事務所経費とした計上金額は計約6672万円で、一年平均でおよそ303万円にのぼる。「電話代や郵便代など」で年間303万円もコストがかかるなどという事務所の活動内容について(議員自身の政治活動ではない)、川端はくわしく説明する義務がある。このカネはもともと税金だからだ。
 達友会は同じくこの22年間に、事務所経費とは別に政治活動費として1億3943万円を計上したという。読売新聞によると「収支報告書で確認できた05年~08年分を分析したところ、具体的な使途が明かされている1件5万円以上の支出は、関連政治団体への寄付を除き全体の約2割に過ぎず、開示された使途の9割以上は、都内の高級料理店やクラブなどでの飲食代だった」(『読売』2010年1月12日・関西)というから笑わせる。昨年9月にも、キャバクラや「ニューハーフ」パブやスナックなどでの支出を政治活動費として計上していたことがばれてヒンシュクをかいまくっていた民主党国会議員のうちのひとりが、誰あろうこの川端達夫である。このときの川端秘書のいいわけは「法的にはまったく問題ありませんが、不適切なら収支報告書を修正したい」なのだから、厚顔無恥が舌をだしながら大手をふって歩いているようなものだ。もちろん政治活動費がすべて税金充当であるわけではない。しかし政党支部や資金管理団体から支出されたのなら税金をつかったのと同じことだ。「キャバクラ政治活動」が発覚したとき、川端自身は政党交付金からの支出について「区分会計を行って使途を明確にしており、一切ない」としたが、今回の事務所経費問題に際して政治活動費についてふたたび不明朗さが指摘されるのは当然のなりゆきだ。

川端達夫の道行きで注目すべきなのは、達友会が東レ労組東京支部の幹部宅などを事務所にしていたことである。川端がもともと東レ労組の出身であることからして、こうした専用事務所なき事務所経費計上のための融通に同労組幹部が手を貸すのもなれあいの極致としてありうるのだろう。呆れるばかりだ。
 東レは三井系化学メーカーとして名だたる大企業である。そして東レ労組はいまでこそあの大ゼンセン傘下の有力組合となっているが、もともとは旧同盟傘下の化繊系労組として知られてきた。「民主的労働運動」というカンバンをかかげて「左翼労働運動」に対抗し、労使協調のユニオンショップで職場をしめつける路線にあった組合である。
 最近では東レ労組がストをうったとはきかない。組合費からなるファンドはそれなりに潤沢だろう。だからこそ議員を送りだせるほどの政治活動もまかなうことができるのだ。それなら「われらが議員」に多少の便宜をはかるのだとしても、盗匪の汚名を着る危険をおかして税金をかすめとるようなマネにあえて手をかす必要もあるまい。政治資金規正法にしたがって、もっと直接的に支援すればいいだけの話だからである。
 東レ労組の達友会への便宜は、実際のところ名義貸していどの認識だったのだろう。しかし、川端と東レ労組の両者がただ黙ってウヤムヤにしようというのであれば、あまりにもムシがよすぎる。ことは川端が公金(税金)を巧妙に私物化しようとした問題だからだ。そしてそれがまかりとおるほど、このくにの法制度は議員どもに大アマだ。事務所経費とは別件だが、政治活動費も政治資金規正法のいう「規正」のはんちゅうにあることでは同様である。その政治活動費が1件5万円以下なら使途は明らかにしなくてもいいという制度をつくったのは誰か。国会議員と財務官僚である。こんなマッチポンブのザルのもとに税金が吸いこまれていく。ザルの下で口をあけて待っているのはもちろん川端だけではない。
 「とれるものはとる」という経済闘争主義の延長として、専用事務所が存在しない事務所経費の計上に手をそめたのなら、川端は労働組合出身の議員として人より恥を知るべきである。東レ労組は労働者の労働者による労働者のためのはずの団体として不明を恥じるべきである。議員の詐欺まがいの行為が現行法制度において違法であるか適法であるかが問題なのではない。単純に倫理の問題だ。当事者が川端・東レ労組なら、「労組系議員」・労働組合としての矜持さえもが問われていると自覚すべきなのだ。労使協調をうたいもんくに経営にとりいってきた結果のひとつがこうであるなら、右翼労働運動は骨の髄まで「自分たちさえよければかまわない」式の利己主義に陥ったと批判されても文句はいえまい。

ひとつ補足しておく。同盟が提唱した(反共としての)「民主的労働運動」が労使協調であるとしても、人権闘争として名高い近江絹糸争議(1954年)に見られるように、同盟牽引者の全繊にしても闘うべきときは闘ったという史実については留意が必要であろう。現在の「非正規」のわれわれにとって問題は、その闘争性が「企業内」に収斂していき、やがて労使結託の腐敗が貴族政治を生み出したことにある。この秩序をゆるがす異分子は排除される。だからこそ「非典型」「非正規」雇用の労働者は、ものいわされぬ雇用の調整弁という従属的な位置だけを保証されてきたのである。「正社員」だけが人間とされてきたこの労働社会にあって、「民主的な運動」とはなにかということが問われている。ただ「民主」とお題目を唱えるところにこそ裏があるというお寒い現実に、ひとはとうに気づいている。

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