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公安条例は治安弾圧法令

2008
10-31
I

「公安条例」の本質って、思ったより理解されていないような気がしてきました。こんな発言を見たからです。
公安条例が設立された本来の目的から逸脱し政治的抑圧の道具に成り下がってることくらいデモに参加したことがある奴だいたい知ってるでしょ。

想像力はベッドルームと路上から「『ただ歩いてただけで逮捕』なわけないじゃん。」のコメント

公安条例は集会・デモを規制するために制定されたものです。つまりそれは最初から「政治的抑圧の道具」でした。このことについては後述します。

さて、条例がもたらす許可制度は、今にいたるも集会・表現の自由を著しく制限する効果をもたらしています。条例のもとではデモを好きなように「届ける」ことはできません。このことは「申請」の実務に携われば理解できます。東京都公安条例下の「デモ申請」に何度も行ったことがあり、その都度、警察から理不尽に「申請」を妨害されてきた経験がある立場としては、「本来の目的」って何だろう?と疑問に思わざるをえません。

東京都での運用の現実とはこうです。窓口にすぎない警視庁・管内各警察署はまず「集会・集団示威運動許可申請書」を配布しません。警視庁・各署は、「申請」者が警察のいうとおりに(コース・時間等の)デモ内容を決定しなければ、「許可申請書」を持ってこようとすらしません。警視庁・各署の「申請」妨害への対抗策としては、「許可申請書」を「申請」者の側で作成するという方法があります。なお、警視庁・管内各警察署が作成する「許可申請書」には、条例が規定する内容以上の事項が含まれています(もちろんその法源は存在しません)。警察がこのように勝手なことをやっているという意味では、条例は最初から「逸脱」運用されているといえます。
※「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例」(東京都)が規定する「許可申請書」の記載事項

1 主催者の住所、氏名
2 前号の主催者が開催の区(特別区の全域を一地域とみなしてその地域)市、町、村以外に居住するときは、その区、市、町、村内の連絡責任者の住所、氏名
3 集会、集団行進又は集団示威運動の日時
4 集会、集団行進又は集団示威運動の進路、場所及びその略図
5 参加予定団体名及びその代表者の住所、氏名
6 参加予定人員
7 集会、集団行進又は集団示威運動の目的及び名称
引用コメント元のブログ記事で言及されている「アキバデモ」にしても、「事前弾圧」を受けていたと解釈することが可能です。アキバデモ「申請」者の報告を見てみましょう。
先日の交渉の際には「中央通りはやめてくれ」「いや、そこをなんとか」で小一時間押し問答をしたわけですが、今回は中央通りは仕方がないから諦めるということで一応の妥結を見ました。
東京・秋葉原の中央通りは公道なので通れるはずです。実際、別の「プレカリアート@アキバ」デモでは中央通りの一部を通っています(1)。「妥結」せずに「許可申請書」を出せば、末広町の辺りまでをコースとすることもできるでしょう。

しかし引用した「アキバデモ」申請者の報告にあるとおり、警察は通したくない通りに関しては頑強に妨害します。条例のもとでは、デモ「申請」は実施の72時間前までには出さなければならないという時間的制約があります。また警察署内で警官と対峙する体力的・精神的限界もあります。つまり、意を決して、法律論争をしながら我慢比べで警察の方を翻意させるか、予め自作の「許可申請書」を持参して突きつけるかしない限り、デモ主催者が希望コースを諦めざるをえない現実があるわけです。事前の「弾圧」(抑圧)だという所以です。

条例にしたがえば、「申請」を受理し「許可/不許可」を判断するのは公安委員会の仕事です。出発地の管轄署は公安委員会への窓口にすぎず、デモ「申請」への警察の介入は許されないはずですが、こうした「抑圧」が大手を振ってまかり通っています。しかもこの運用実態は、都道府県公安委員会の庶務を警察官が担うという法制度上のカラクリに最初から規定されています(警察法による)。実際、私はあるデモ「申請」で、コースをめぐって警視庁の警備部と揉めた時、「このまま出したら公安委員に意見を具申しますから、○○さん」「なにそれ、公安委員に不許可の判子押させるってこと?」「そうです」「そんなこといっていいの?」と応酬したことがあります。別の機会にも、同じく警視庁の中の人に「公共の安寧秩序を乱すおそれがあるからそのコースは遠慮してくれ」といわれたこともあります。実際、警備警察の連中に「結局警察が判断してんだもんな~」といっても彼らは否定しません。「許可/不許可」の判断自体も警察の手中にあるということもまた問題です。

こうした現実は東京だけでなく、公安条例が存在する地域にもあてはまります。(他の地域でのデモ「申請」でも警察に妨害された個人的経験もありますし、知人の経験を聞いてもそうだといえます)

II

(25都県・35市の)各自治体が制定する条例の字面だけを眺めれば、治安弾圧法令として以外の「本来の目的」があるようにも読めるのかもしれません。しかし公安条例の制定はGHQ軍政の一部でもあります。つまり条例は、明確にGHQ—日本政府の「治安維持」を目的として出発していたのでした。

公安条例の嚆矢となった福井市の「災害時公安維持に関する条例」(第27号、1948年7年7日公布)は、48年6月28日に発生した福井大地震を受け、福井軍政部が市に命令して制定させたものです。その目的は災害救援活動を開始した共産党を排除するためで、軍政部は条例を根拠に「一切の集会・デモを禁止」としただけでなく、救援活動そのものから共産党をパージしました。なお、あからさまな治安弾圧立法に危機感を持った布施辰治弁護士が違憲訴訟を起こしています(2)

集会・デモを直接の規制対象とした最初の公安条例は、1948年7月31日の大阪市の「行進、示威運動及び公の集会に関する条例」ですが、これもまた「大阪軍政部の独断による市政への介入でした」(大阪市)(3)。しかしこの条例は集会・デモ弾圧の性格をあまりに露骨にしていたため、大阪軍政部が慌てて修正させ、たった二ヶ月で「行進および集団示威運動に関する条例」(第77号、48年10月5日公布)が新たに制定されています(4)。東京都では、49年5月30日に制定反対運動の犠牲者を出したのち、10月20日に「集団行進及び集団示威運動に関する条例」(第111号)が制定されています(翌年規制強化)。

福井市の条例は災害復興を名目としていましたが、その後の各自治体で制定された公安条例は集会・デモの取締りを直接の目的としていました。GHQ軍政が各自治体に条例を制定するよう政治介入した契機の一つとして、48年に大阪・神戸の朝鮮人学校廃止の反対運動(阪神教育闘争)の広がりがあげられます。GHQは、この運動が民族の別を超えて大衆的に広がるのを見て、24日には神戸基地司令官の名で「非常事態宣言」を発令したうえで、1732人を逮捕し136人を軍事裁判にかけるという大弾圧で潰しています。GHQは大衆運動の基盤となった集会・デモを取り締る枠組みをつくるため自治体に公安条例制定を急がせただけでなく、49年には団体等規正令(破防法の前身)をポツダム命令として自ら制定しました。この二つの法令は憲法に抵触する内容でしたが、「運動・団体潰し」のためにGHQ軍政が力づくで成立させたものというべきでしょう。

公安条例は特定の運動潰しだけでなく、GHQ・日本政府が思うままに政治弾圧を加えるための手段として活用されました。例えば生存/労働運動、反戦運動の盛り上がりを背景に、東京では50年に集会・デモの禁圧に条例が威力を発揮しています。警視庁は6月2日から5日までデモを禁止し、5日さらに当面の禁止を宣言。翌6日にマッカーサーが共産党追放指令を吉田首相宛の書簡で出し、16日に集会禁止令が発令されます(当時の国警本部が全国警察に集会・デモの全面禁止を指令)。25日の朝鮮戦争勃発後、東京都は7月4日に前年制定の条例を強化する「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例」(第44号)を制定し、集会・デモの禁止体制をさらに強めました。そして東京都の新たな公安条例は、翌51年の中央メーデーの皇居前広場(「人民広場」)使用禁止に見られるように、猛威を振るっていくことになります。なお、このころの戦争に反対する動きは、「反占領行為・反米行為」としてGHQに弾圧される全国的な状況がありました。

その後、憲法違反の治安弾圧条例に対して反対運動が起こり、東京では条例の廃止請求が91,134署名をもって51年2月7日の臨時都議会に上程され(否決)、51年10月26日には京都地裁が違憲の判断を出しています。その後、他にも続いた地裁・高裁段階での違憲判決の流れを最高裁が覆しながら、またその後にも地裁レベルで違憲判決が出るなど、判例法理が矛盾する状況にあります。


(1)デモコース詳細:総評会館前 → 本郷通り →(小川町交差点左折)→ 靖国通り →(淡路町交差点)→(須田町交差点左折)→(万世橋交差点)→ 中央通り →(秋葉原西口交差点)→ 神田明神通り →(神田明神下交差点左折)→ 本郷通り →(湯島聖堂左折)→ 聖橋 → 総評会館前
(2)弁護士布施辰治旧蔵資料内容細目(明治大学図書館所蔵)
(3)大阪市「デジタルギャラリー(画像で見る歴史史料) 3 連合軍の進駐
(4)修正内容は「集會の事前届出の廢止、官公署附近のデモ集會禁止明文規定の廢止の外、條例案自体においても第四條の條件違反に對する罰則の削除等」(大阪市・例規決議書類[行進及集団示威運動]、出典前同「デジタルギャラリー 連合軍の進駐」)。

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