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ベーシックインカム派の諸君へ

2009
02-12
あるケースワーカーが斃れた日の夜更けに

ベーシックインカム。生存保障についてアリガタイ念仏があるとふきまくるのなら、その念仏となえながら生活保護をめぐる現実の苦闘のなかにダイブするがいい。舫(もやい)のことをいうのはいい。それならより長期にわたって生保取得をめぐるたたかいに挺身してきた全生連のこともいえ。共産党系だからといってそのたたかいを無視するいわれはない。第二の朝日訴訟たる現在の生存権裁判をささえているのはこの連合会につどう人々ではないか。あるいは公扶研の歩みにしても同様だ。ケースワーカーの組織だからといって見向きもしないでいいわけはない。あるいは日雇‐野宿労働者運動のなかからたちあがった生存運動もそうだ。派遣村だけが失業補償としての生活保護の取得に活躍したのではない。そうして、個人的な闘争が記録されぬまま存在しつづけていることについても想像力をもて。

生活保護法がうたう理念を現実のものとすべく、現実の泥沼のなかではいずりまわるようにしてつづけられてきた苦闘がある。社会保障費の削減をすすめてきた日本政府のあしもとでは、生保受給を「窓際」でしぼる事態はたしかに存在する。そこに人を人としてみない差別がまかりとおる現実もある。しかし厚生官僚の逆コースと現実のあいだでいたばさみになりながら苦しい仕事をになってきた現場の人々と、そして制度の外側にある運動が壁をつきやぶるたたかいを試みながら、現実の生保の運用を築いてきたこともまた一面の歴史的事実であるのだ。
生活保護の担っている問題は、一部の人々に関連するだけではなく、すべての国民に関連する社会保障における生存権の問題 (杉村宏「発刊にあたって」──『生活保護50年の軌跡 ソーシャルケースワーカーと公的扶助の展望』)
この「国民」という枠組みにかんしては留保が必要である。人はすべて生きる権利があるからだ。そこに国籍の有無をとういわれはない。しかしここに、官僚制度のなかにあって可能なかぎりの存在の生きる権利についてゆるぎない確信をもってたたかってきた人間の言葉がある、とみることもまた可能だろう。制限があるとはいえ、いっていの範囲の「外国人」にもまた生活保護制度が準用されてきたからである。ただし「滞在許可証を持たざる者たち」はこのわくぐみの外部にある。

たしかにたたかいに「理論」は必要だ。だが、それほどまでにベーシックインカムをいいたてるのであれば、その理念を念頭におきながらいまいちど生活保護法を読んでみることだ。その基本原理をしめす冒頭の総則だけでもいい。そこに救貧思想をのりこえる生存擁護の思想が書き込まれていることがみてとれないだろうか。もちろん「国家がなす事業」に限界はある。しかしきみたちのいう留保なしのインカムの素描は、じつはこの法がうたう精神のなかにもあらわれている。「無差別平等」。その成立の背景に理想に燃えたニューディーラーの存在をみとめる歴史を検証するのもいいだろう。だが、きみたちの理論闘争はなによりも、このかすかなてがかりを現実のものとしていくたたかいの一環でなければならない。
生活保護法

(この法律の目的)
第1条 この法律は、日本国憲法第25条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。

(無差別平等)
第2条 すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り、この法律による保護(以下「保護」という。)を、無差別平等に受けることができる。

(最低生活)
第3条 この法律により保障される最低限度の生活は、健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。

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Comment

つづけて、コメント、ごめん。
この記事も、おもろいね。

ベーシックインカムって、サッカーの選手の名前かと思って、はなから読まなかったが、たった今、これこそ、文字通り無学文盲の、世間のことなどどうでもいい、いかす、ホームレス(63)を、居宅保護のワンルームに送り出し、一服やりながら、ネットを見ていると、回虫さんに取りあげられていたから、ふと、読む気になった。

はじめから終いまで小難しかったけど、何だか、いいことをいっているように感じたぜ。

ホームレスを居宅保護に持ち込むたびに、役所とやりあうのは、金輪際ごめんだ、もう勘弁してくれとこころから思うし、なんといっても、いつも寄ってくる友達がひとり減って、空気が抜けたような、寂しい思いもするけどね。

いえ、つづくコメント歓迎。田中さん、いつも、ほんとうにご苦労さまです。
サッカー選手の名前というのはよかったです。たしかにヨコモジでそのまま話されてもなにがなにやら、おまけにBIとか記号にされた日にゃ、おれの場合、まずジャイアント馬場とアントニオ猪木がでてきます。
んで、小理屈こねてすんません。ようは現実のたたかいって常に理論の先をいくよなーということだけでした。
  • 2009-02-13│18:00 |
  • nooooooooooooiz URL│
  • [edit]
生活保護法の問題
備忘的に

この法律がその目的において生存権保障をうたっていないこと。補足性に立ち、親族による扶養を優先していること。

第1条 ・・・その自立を助長することを目的とする。
第4条 2 民法(明治29年法律第89号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。
  • 2009-02-14│22:26 |
  • spiders_nest URL│
  • [edit]
問題点指摘の屋上屋
批判的指摘にこたえ、「生存権保障」上の観点からいう法の問題点を補足します。

旧生活保護法(1946)には国籍条項はありませんでしたが(内外人平等主義)、第一条にやはり無差別平等原則をかかげながら、つづく第二・三条で保護の欠格条項を規定していました。現行法(1950)では旧法の第二条を削除し、旧法第三条を補足性原則に繰り入れてのこしたわけです。

(旧法)
第二条 左の各号に該当する者には、この法律による保護は、これをなさない。
一、能力があるにもかかわらず、勤労の意思のない者、勤労を怠る者その他生計の維持に努めない者
二、素行不良な者
第三条 扶養義務者が扶養をなし得る者には、急迫した事情がある場合を除いては、この法律による保護はこれをなさない。

なお、補足性の原則を規定した現行法第四条では、その第三項で「前二項の規定は、急迫した事由がある場合に、必要な保護を行うことを妨げるものではない。」と補足のただしがきをのこしていますが、その運用をめぐってのたたかいがあった/あるにせよ、法の基本的な性格が「最終救済」となってきたことはいうまでもないでしょう。

しかし福祉八法はすべて生活保護法成立ののちに制定されたものであって、生活保護法が最初から「最終救済」と位置づけられていたわけではなく、その歴史的変遷をふまえるものでなければ法制定をめぐる「意義」の理解が一面的になるおそれもあると考えます。

さて、「自立の助長」は「救貧」思考の産物です。もっとありていにいえば、1890年に否決される窮民救助法案の審議のさなかに出てきた「惰民養成」防止論の再現にほかならないでしょう。旧生活保護法の欠格条項は、まさにそのために設定したものだと当局者自身が発言しています。

○政府委員(葛西嘉資君)「惰民養成を防止すると云ふやうな意味から致しまして、本法ではさう云ふことのないやうに注意を致して居る譯であります、それが一番大きな點だと思ひますが是が第二條であります、苟も働き得る者で、而も勤勞署で御世話すれば職があると云ふやうな者に付ては、それで働かない者は保護をして參らない原則を第二條に掲げてある譯であります」(第90回帝国議会・貴族院・第5回生活保護法案特別委員会、1946.8.20)

なお、法改定後の国会論議でも「惰民養成」防止論は何度も出てきます。

ではなぜ生活保護法について「救貧思想をのりこえる生存擁護の思想が書き込まれていることがみてとれないだろうか」と書いたのかということについては、記事を改めるべきかとも思いますが、簡単にいうと、GHQ 指令の Public Assistance で示された原則が法制定・改定の過程でいってい反映されたと見るからです。

つまり結果として「生存権」と「救貧」の相矛盾するふたつの思考が並列的にくみこまれたのではないか、と考えているわけです(しかし制定後の「実施適正化」を見れば、むしろその内実は「民主主義的に装われた救貧」論として捉えるべきか、とも思います)。だからこそというべきか、しかしというべきか、法制度をめぐる内外のはげしい動き(社会運動含む)があって、法運用の実際におおきな影響をおよぼしてきたのだとも捉えたいのです。

また、貧困者に対する懲罰的内容をもっていた「エリザベス救貧法」的な思想を想定して、「救貧思想ををのりこえる」と書いたということもあります。

生活保護法の内容に影響を与えたとされる SCAPIN 775 「社会救済」(原文 Public Assistance なので「公的扶助」と訳したほうがよい)で示された諸原則:
一、全国的政府機関の設置
二、無差別平等措置
三、国家責任による実施(公私分離原則)
四、救済総額無制限

法制定までに日本政府─GHQとの間ですったもんだのやりとりがありますが、基本的にはこの SCAPIN 775 が示した内容が公的扶助の最高規範と扱われています。日本政府が示す対応案の変遷には、このGHQ指令の影響力のあとが読み取れます。
http://www.max.hi-ho.ne.jp/nvcc/SCAPIN.HTM
  • 2009-02-15│08:09 |
  • noiz URL│
  • [edit]

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