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アクティヴィズム2.0(笑)

2009
02-15
また燃料が投下されました。

「鼎談 小田マサノリ×成田圭祐×山川宗則 アクティヴィズムの回顧と展望——アクティヴィズム2.0に向けて」(『図書新聞』No.2905 ・ 2009年02月14日)

《総評》
欧米崇拝はもういいよ。防衛込みの自己規律化(それはけっして「行動の自由」と衝突しない)と総括なき「実践」は、「現場」からはてしなく離れていくだけだと思う。ようするにやばい局面でケツワリするようなんばっかの主体なき新しい運動論やアナキズム論なんてまったく意味がないということ。「反G8」で日本の自称(新しい)アナキストがやったことは現場請負いの官僚的な運動の展開だったでしょ。既存ノンセクトや党派のほうがキッチリやってるよ。というか総括は? やったことの肯定的、否定的の両方のことがらを確認して、それが当初の目標からしてどうであったかを分析して位置づけて共有するというだけのこともしないで、「回顧と展望」もなにもない。

《論点と雑感》
★マイケル・ハートの運動区分論(サイクル論)を「輸入」してあてはめようとすることの妥当性に疑問あり。ハートっていや、実務になわずに豊浦キャンプではしっかり「官僚ハウス」(キャンプ場施設に揶揄的につけられた名称)に滞在したひとりだと聞いているけど、こういうのは信用しないよ。現場で何もしない知識人ほど邪魔なものはない。
★独立メディアがはたした役割についての分析には異論なし。ただし08年7月5日・札幌の逮捕者のうち、ロイターのカメラパーソンがG8MNTVへの映像投稿により早期釈放につながったと聞いたというのは初耳。救援ではそんな情報なかった。というかロイターだから勾留請求されずに検パイされたんだよ。ロイターだって逮捕をうけて動いてたわけだから。分析は必要だけれど自画自賛中毒には気をつけたい。
★「アクティヴィスト・キャンプ」として「当別、豊浦、壮瞥」だけに言及することになるのはどうして? 7月9日には豊浦・壮瞥両キャンプは伊達キャンプが準備したデモに合流したというのに、宣伝戦もふくめ伊達キャンプの人たちは有志的に救援にも協力してくれたというのに、なんでこうなっちゃうんだろ。「共common」の運動のはずなのに「他者」(なのか?)の努力をふまえようとする視点が欠落している。もしかして「既存運動」の活動者と「アクティヴィスト」は別物? とすればそもそも「アクティヴィスト」ってなに?
★当別キャンプの報告集に言及しつつ、出先で弾圧をだした出撃拠点としての総括がその報告集にまったくないことにはふれられない。まーそもそも当別キャンプがちゃんと総括してないのがおかしいよ。報告集では5日のピースウォークの行動ベースのために設営したんだってしっかり自賛してるんだけど。大本営発表は滅びへの第一歩。
★ピースウォークに向けた当別キャンプでの会議で(文脈からして4日だな)、日本側が提起した「素人の乱」っぽい「アイデア」が海外アクティヴィストの賛同をえたという。それで「オルター・グローバリゼーションの運動にようやく追いつけたような気がしました」「これまでは後追いだったけど、あの瞬間だけは周回遅れのトップランナーになれたような気がしました」。追いつき追いこせ文明開花だぞ! とほほ。当別キャンプ当事者から行動会議の存在についてふれられているので補足するけど、この会議では「インターナショナルズ」の主導ではじまり、「日本人」の一部がおもしろおかしい提起をするだけして、隊列の責任主体をだーれも担おうとしなかったよね。このとき「インターナショナルズ」はハシゴはずされてたことに気付いてない。それで一部が防衛協力の要請してきて、内向きには「防衛はまかせとけ」ですませて、現場はあれでしょ? 戦術独自に固めてたとしか考えられない部分(みんなの好きなブラックブロック)は規律もって動いてたけどあとは…… ワークショップやってたんなら防衛会議ひとつくらいキャンプ側でくみたてるべきだけど、それは任じゃないって態度。結果的にアナキズムを偽装した請負運動になってしまった。よもやそんなことになってるとは思ってなかったとはいえ、おれも隊列合流受け入れ側として合意したんだから、請負構造にてをかしたことになると自覚してます。これはサウンドデモの助っ人としてえらいめにあって含みもってる人みんなにいえることです。これはこれでちゃんと各自で総括してないとだめだね。「あいつが悪い」だけじゃダメなんだって。もちろんどんな経験にも肯定的側面はぜったいにあるわけで、ダメだったことばかりに分析を収斂させることもできないしそのつもりもないけど、酸っぱいことはほかにいう人がいないので、いちおーここで補足。
★というわけで称揚されている自発的な「合意形成会議」についても、肝心なことがスッポリぬけおちてたという点で有効に組織できなかったとみています。ようするにあれやりたいこれやりたいってはしゃいでただけじゃん。キャンプ組織者も好きなことだけやりちらかして土壇場にきて防衛だけお願いします、でも防衛の請負は実はキャンプ滞在者のほとんどは知らないんです、じゃ、困んだよね。担うべきものがケツワリしたあんな無責任隊列みたことねえよって話で、独自方針たててるなら自力自闘を原則にして自分たちで隊列かためて、弾圧くっても救援を他者に担わせないですむように訓練してくださいな。デモ訓くらいキャンプでできんべ。あ、密集デモじゃないって? そか。ま、でも、自己規律の形成がいやならサウンドデモはやんないほうがいいと思う。あれは警察との対峙になれてる人間がよけいに必要になるから。すくなくとも、当日の救援の初動には企画者はだーれもいなかったなんてことは二度とないように。
★ひとのことをいう以上は、自分のことも。G8MNの技術人足として急遽札幌にいくことにしたため、6月末の東京の反G8デモには参加せず。ここは「労組員」としてつないでたので、かわりに仲間に頼んでほんらいおれがやるべき役割をおしつけてます。たしかに技術人足のかわりはいないんだけど、デモの防衛だってそんなにやろうという人いないから、日が迫ってからの方針変更はよくなかったと反省してます。
★「ブロック」を「部隊」って訳してる人なんているの? それはともかく、数々の「○○ブロック」の発生をよろこぶのはいいけどとにかく自立しよう(あまり自立自立っていいたくないんだけど)。「ブロック」ごとに集団行動をとる場合はとにかく自らまわすように。自分たちだけでデモ組織してみれば、共同行動のなかで「ブロック」ごとに独自行動をとるために、その共同行動ごとの実質においてどう調整していけばいいのか類推できるようになるはずだからね。どんな行動をくみたてるにしてもやはり現場の訓練をつみかさねるしかない。自己組織化から逃げといてアクティヴィズムもなにもあったもんじゃないよ。お客さんに直接行動はありえない。
★やはりパペットはデヴィッド・ソルニットが伝授、二〇〇八年は「パペット元年」なんだとか。「元年」疑義あり。
★事前にインフォツアーでネットワークをつくったって確かにそりゃそーだけど、総体として見たらまともに意思一致すらされていないグダグダなインフォツアーで現場が混乱したのに、ほんと捉え返すのがいやなんだなあ。
★今回のサミット行動でアクティヴィズムのスタイルや戦術が変わりはじめる? 「新しい闘いの文化」へ否応なく変化してゆく? 「アクティヴィズム2.0」。キャンプは運動のハッカソンてな具合か。でもね、人間は計算機のように入力されたコードによっていつでもどこでも合理的に行動できるわけじゃないんだよ。人間は知識だけの外部注入ではそうやすやすと開発されたりはしない。なんというか心意気や情動を無視して連帯ってなりたたないような気がするんだよね。あいつがしんどい局面で頑張ってんだからおれもやるとか、そういうことでしかないような。だからこちらは札幌ではよっぴいて機材設営したり設定ファイル書いてたりしてたんだけど。やってることは「アクティヴィズム1.0」「α版」どころか規格外、「ロートル0.0」。でも実践のうらづけのない欧米からの輸入だけ思潮に開発されるくらいなら、おれ未開土人でいいや。土人には天皇もいらないけどね。
★たしかに海外の人たちと直接交流して一緒に行動する機会をつくれたのは、とてもいいことだと思う。でも海外だけじゃない。ふだん知らない運動はどこにでもある。そうして違うものがであうことによって自らを再考することはえがたい経験です。そういう意味で、海外・日本とわず、ふだん自分が関係していないことだとかを参照して、それを紹介して、そうするなかで自らを客観視しようとする(難しいけど)こともまた訓練のひとつなんだと思う。「戦果」なんてそんなの後からついてまわるもの。ショボくてもどれだけ主体性をもって打ち込めたか。総括だってほんとうはそのとりくみの一部にすぎない。そしてできれば、〈われわれ〉のほとんどみんな「グローバルノース」の日帝本国人にすぎないんだって確認できれば……
★海外にいってうらやましがるのはご愛嬌。コレクティブハウス、政治的活動としての共同生活。そうね、それもよさそうに見えるよね。党派活動家が効率的な資源集中と意思一致のために集住してるじゃん。って違うか。でもスクウォットは難しくても居住の実践は日本でも前からあるよ。いいかげん外で交流してきただけで何かした気になる錯覚はそろそろおしまいにすべき頃合い。いまどき情報の横流しだけしたってネタすぐにわれるんだし、なんの価値もない。だから情報もってる、知識があると思われるひとがみつくろわれて、そこにぶらさがるような構造もとうぜん壊すべき。アナキズムをいうのならね。そして「自分の土地」で耕作=工作しましょう。インディメディアのスローガンである自分でメディアになろうってのはそういうことも含んでいるはず。

われながらなんて後ろ向きな…… でもまだ続いてる有志総括は共有するつもりです。ききたくねーよーな話ばかりだと思うけど、自分がいた範囲で他者にも関係あるようなことについては分析込みで文書まわします。おれじしんまったく楽しくありません。でも、こういうことが「共有」できなきゃ「次」はありえない。

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noiz

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