mukofungoj ĉiuloke

 変形菌はどこにでも
 

明日は明日の家がたつ

最近は心を入れかえて?賃労働を最優先しているので、まったくなにもできていません。私用ふくめ労働力再生産日もけっこうつぶしています。やけのやんぱちを少しあらためて自分の生活を優先するとこうなるのだ、ということがよくわかりました。困ったもんだし、なさけないことですが。

こないだA誌の編集委員とのはなしのなかで言及したことなんですが、戦前、とくに1920〜30年代の東京下町の中小労組がみな長時間労働にいそしみながら(たとえば印刷工の場合、10時間超なんてあたりまえ!)活動できたのは、実は家族的・隣近所的な共同性がいっていあったからじゃないのかな、ということがあります。単身者どもは組合事務所で自炊しながら雑魚寝してたりとか、小さい組合だとそういうところもあったわけで。そもそも事務所なんか「だれかんち」ってこともあったわけで、そうして誰かが働きにいってデヅラおとしてみんなでメシ喰う、これは「自由労働者」(たちんぼ)の組合の場合。

いわゆる戦時体制期に「統制」された状況とことなり、30年代までの日本資本主義のもとでは、労働者のなかにはワタリの「職工」(しょっこう)が少なからずいて、かれらが腕一本で「労働市場」を横断的に流動していたことも、融通しあうという共同性の維持に少なからず影響をおよぼしていたのではないかと思います。とりわけ中小の群小工場なんかはそうですね。しかし夜10時に集まって相談しながら問題の起きた工場にみんなでおしかけるって、つまりは小さな町工場にいる職工が横断的につながってた、つながらざるをえなかったからこそできるワザなんですよね。いまでいう地域合同労組・コミュニティユニオンはこの系譜をひいてるんじゃないかと。しかし独占─下請け─孫請け─etcの底辺の零細親父も悲惨だったかなという気もするけど、まあ払うもん払わないといけないのはいつの時代もいっしょ。問題は甘い汁すってるやつが安穏とあぐらをかいてるその足下で、びんぼったれどうしがいがみあわなきゃならん構図。そりゃひとりぽっちだと陰々滅々ですわね。

話がそれる。んで、この戦前の超不安定雇用の先輩労働者たちはこうした共同性のなかで融通しあうことで、じっさい失業しても死なずに生きのびていました。争議になると「とーちゃん工場占拠」「かーちゃん物資もって行商」という家族ぐるみ闘争になったという記録もあります。……あーやばい、こんなとこでメモ書きしてないで、のばしのばしにしているものをかたづけないと。アナボル論争なんて主義者の論争だけみてても、現実の労農の運動がどうだったかなんて見えてこないんじゃ。なんのこっちゃ。

さて、「とーちゃん・かーちゃん・こども」の家族のありようはともかくとして、見知ったなかまうちでなんとかやりぬくという生きるための集団性は、古くて新しいものなのかもしれません。ひところ(もうだいぶ昔か)ブルジョア・アトミズムがうんぬんかんぬん…とよくいわれましたが、ブルジョア的単体として生きるには、とうぜんながらほとんどの賃金労働者は貧しすぎます。じゃこのさきどうすんの。ないものは背に腹にゃかえられぬ、あるところからブンドルしかありませんが、現実的にはなかなかそうもいってられない場合、なかまうちでなんとかするということもとーぜん視野にはいってくるでしょう。そういやおれ、東南アジアへDIYツアーに行ったときにバンドメンバーに借りた金を五年もかかって清算したとか(無利子金融ありがたや)、そういうわれながらひでえ話があるんですが、でもそんな一方向的なアレはともかくとして、お互いになんとか手をかしたりかりたりして生きのびるってことは十分射程にはいってくるでしょう。そう、貧乏人ほど都合つけあったりしてなんとかしてんじゃないのかというわけ。無尽やるほど余裕ないけど。しかし問題は友だち・仲間がいないぜどうなるんだ問題はここでは問題化できずに素通りするということです。ひどいな。

ってことで、いつにもましてコジツケがすぎますが、自由と生存の家! みんなで住むとか、それだけでもけっこう心強いものがあるのでは……貧+貧=強靭、という感じで。「孤独への権利」をたいせつにするひとには集住は向かないかもしれませんが(おれか)、ある共同性をもった居住の空間をつくりだすというのはこの殺伐としたサバイバルの時代には興味深いものがあります。弾圧くらうときは一蓮托生というような気もしますが、ガサの立ち会いもひとりよりふたり、ふたりよりさんにん、というようなこともおりこみずみで、「居住=運動」と展開できれば面白いのでは、と放言しておきます。面白いだけじゃすまないはずですけどね、なんとか日々暮らしていくということは……それこそ貧乏人ほどオモクロになる。

四谷三丁目物件は職場から近いはずなのですが、とにかくけっこう賃労働+αでままならず一度もお手伝いに行ってまへん。それどこじゃなくてそもそも労組の活動からもけつわってますが、とにかくおもしろい取り組みとしてメモ。

ではおやすみなさい。もうろうとしながら書いてるので、起きたら消すかも。
etikedo : 居住
 
 

politika aŭ morta

あ゛〜、風邪ひいてシンドイので先に切り上げてしまった。トップバッターだったのが幸いして体力が持ちました。ヘルプでギグに臨んでくれたNくん、Bくん、どうもありがとう。KRIEGSHÖG & DEATHTRIBE、祝7'EPリリース。レーベル運営者ご苦労様。たぶんみんな朝まで打ち上がるはずなのに先にバックレてすんません。

たいていいつも何かしらあって、「仲間がパクられた」とか「今度行動があります」とか何とかギグでアピールしてるけど、今回もパンク仲間に向かって告知すべき状況にあったなと。リアリティツアー弾圧についてふれました。急なことでもあったのでビラは勝手につくりました。

アピールしたときにやった曲、

nenio estas krima

indiĝena personoj, do kio?
eksterlanda personoj, do kio?

nenio estas krima

diskriminacia personoj, do kio?
malhava personoj, do kio?

nenio estas krima

invalida personoj, do kio?
malsana personoj, do kio?

nenio estas krima

no one is criminal

indigenous persons, so what?
foreign persons, so what?

no one is criminal

discriminated persons, so what?
hove-nots, so what?

no one is criminal

disabled persons, so what?
sick persons, so what?

no one is criminal

誰も犯罪者なんかじゃない

先住民、それがどうした
外国人、それがどうした

誰も犯罪者なんかじゃない

被差別民、それがどうした
持たざる者、それがどうした

誰も犯罪者なんかじゃない

障碍者、それがどうした
病者、それがどうした

誰も犯罪者なんかじゃない


思い起こせば昨年の「反戦と抵抗の祭〈フェスタ〉」ではトラックの荷台の上でやらせてもらったんですよね、おれら。あたりまえだけどハコでやるのと全然違いました。路上でマルキと公安の連中に包囲されながら、デモ隊に向かってというかデモ隊と一緒になってというべきだと思うけど、そーいう状況でやらせてもらうのなんて滅多にない経験で、実に楽しい思いをさせてもらいました。警備公安に脅迫されてるばかりじゃないのです。でもそのぶん他の人が大変なのです。だからとーぜん今回の件だって、去年の恩返しってわけじゃないけどバンドとしてできることはやらなきゃね、と思ってました。

この地では「政治的であること」はどうやら白眼視されるようだけど、地下のパンクスはんなこたいっさいかんけーねーし、勝手にやるだけ。話もしたことのない人の目ばかり気にして無味無臭きめこむカシコさんの世界に用はない。

ではおやすみなさい。はなみず垂れてきた。
 
 

騒音の記録

昨日、パンク仲間のスタジオでレコーディング。
今まではアナログな MTR を使って raw な音でまとめていたけど、
今回はデジタルとアナログの半々の環境で作業。
それでも相変わらず音はブリブリな fuzzzz x mangel となるはず。
10月中にレーベルに音源送れるかな、といったところ。
etikedo : DIYパンク
 
 
おまえこそだれだ

Author:noiz
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