スポンサーサイト

--
-----
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

バリケードへ── a las barricadas

2010
05-14
A las barricadas──熱狂的なチリ・パンクスの徒党。オラー! かかってるのはワルシャワ労働歌じゃないかって? メロディはたしかにそうなんですが、歌詞の一部がこれいいのか? というくらいまるで違います。だってスペインCNT(全国労働連合)をたたえる内容になってたりするんですよ(笑)。それにしてもギグ開始をつげるSEとしてかかったとたんに、大合唱をはじめるアナー子たちおそるべし。みんな知ってるんだ……ってアナキスト・バンドのギグでのことだから当然か。

ちなみにギグ直前にこの曲をかける Sin Dios、黒旗フェスタで東京に呼んだときもかけてました。CNT 組合員が在籍し、CNT の情宣隊になったバンドだけのことはあって、ほんとに気のいいコンパニェーロスでした。こちとらセネテイスタでもなんでもないのに、 a las barricadas がかかるとフランコ軍に殲滅された人々のことが思いやられてかえって胸にせまるものがありました。

“1936年、武装せる人民”と歌っていた Sin Dios は、残念ながらすでに解散しています。

しかし、今年でCNT結成から100年ですか。奇しくも?日本では「大逆」100年です。天皇も天皇制も官僚制ものうのうと生きています。くそったれ。

14日10:24追記
「大逆」100年ということは「併合」100年ですね。韓日/日韓「併合」の100年、おまえはなにをするものぞと自問しながら今日も労働に身をやつす。嗚呼。

クラブ・カルチャー・マガジン『remix』絶賛死亡中

2010
05-12
みなさん、クラブミュージックって好きですか?

「クラブ・カルチャー・マガジン」だった『remix』って知ってますか?

なにをいまさらですが、その『remix』がスタッフの給料未払い(3ヶ月分!)をやらかして、もう一年も逃げまくってるって知ってますか? 知ってますよね。

突然の季刊移行と誌面の変化に変だな思ってた人たち、あなたたちの直感はただしい。

詳しくはフリーター労組・プレカリアート争議団にゆずるとして、スタッフに払う払うといって賃金を払わずに働かせ、あげく編集部からしめだした『remix』(株式会社アウトバーン)は社会的に自殺しました。

雑誌の命脈を絶ったのは……てめえだよアウトバーンの社長・神山鐘和! 労基署からの命令も無視し労組との団交も拒否して、それで逃げられると思ってんのか。つうか労働委員会から救済命令出たらどうするつもりなんだ?(争議団は「地獄の底までも神山社長を追いかけます」だぜ)。しかしよお、逃げをうって時間稼ぎしてる間にも雑誌発行しつづけるとかどんだけセコイんだよ。「2000年代を総括する」(No.220)とかごたくを並べるまえにまず未払いを清算しろや。恥を知れ恥を。

いまなお『remix』に協力してる人は、雑誌「リニューアル」の舞台裏でどんなにひでえことが行われていた(いる)のかをよく調べて、あらためて考えてみるべきだと思います(季刊化に際していくらかは聞こえてきてたはずだから)。音楽好きな外部の人間だから未払い賃金問題なんか関係ねーというなら、まあいいや。反労働者の肩書きを手にするって覚悟はできたってことだろうから、そういう階級敵にゃあいうことなんかありません。

2010 RENEWAL?  No, remix zine IS DEAD!!

【追記】
「音楽」雑誌のことだからってあえてとりあげる自分の根性もいやらしいが、でも賃金未払いなんて世の中にゴマンとあって残念ながらremix事件は氷山の一角にすぎない。音楽好きだから、○○好きだから、搾取されすぎててもがまんしちゃって、それで業界が、社会がまわっていく… まさに世間虚仮。おれはこの世界を虚仮(こけ)といってかかわりをたつような上等な精神ももちあわせちゃいないけど。

警察嫌い「小児病」上等

2010
05-11
手すきのうちにメモメモ。企業忠誠心なんかねえよ。

6月にバンドで大阪行くんですが(LAST SENTENCEに呼んでもらいました)、それでさっきから一緒にやるバンドの検索してたらこんな動画に遭遇。せっかくの心躍る野外ギグなのにオマワリ登場、妨害。おおげさに一個小隊くらい(分隊=5人×3で小隊)投入してる愛知県警は税金の無駄遣いやめろや。動員するだけ税金の無駄なんだよ。トラメガでイヤガラセなんてデモ妨害とおんなじ。でも、若いポリこ、これあきらかに緊張してるだろ(笑)。

とにかく警察は嫌いだ。

思い起こせば2003年3月末日、米帝大使館付近の抗議行動で機動隊の壁につっこんでパクられた連中のなかにゃパンクスもまじってた。東京北部地域の反戦デモに行かなきゃだったおれは電話でその事態を知った。人の通行を阻止する「警備」はまるで不当なんだけど、それでもなんで実力がたんないのに正面から突破しようとするかなー(やるなら裏からカチコメよ──でもそれじゃ武官にメタメタにやられるか)と思いつつビビりながら現場に急行したのだった。あとはもうてんやわんや。別に好かれようとは思っちゃいかなったけど、その場の多数派だった「ピース(なふり)」な人たちには嫌われて、おまけに逮捕の犠牲者は「いうこときかない人たち」の代表的存在として表象させられちまった。不公正に対して激怒して「いうこときかない」のは当然だろクソッタレ! 人の目ばかり気にして怒声の一つもあびせずに警察にだまってしたがってんじゃねえよ!! というのが当時の思いで、それは今も変わらない。で、まあ、事後の対策でクタクタになっちまって恨み骨髄というわけで、十代からの警察嫌いはここでさらに火がついたのかもしれなかった。しかも当時は知るよしもなかったけど、これって一連の弾圧の幕開けにすぎなかったし……

個人的には、私服(公安)→背広(連絡係)→制服(警備)という順でとくに警備公安警察が嫌いなんだけど、チャリで巡察させられてるヒラの巡査とかはまあ、点数制度や上司にしごかれてご苦労なこったとも思うけど、それでも無用に職質してくるし、やっぱり嫌いだ。緊急逮捕権(←ほんとは違憲のはずだが昭和48(あ)722の事件で合憲にした最高裁は最低裁)・通常逮捕権もってるのをかさにきてものすげえエラソウな態度をとるような権威主義のクソは心底ムカつくぜ。とくにパンクスなんて見てくれで職質されることが多いから、警察が好きなやつなんてたぶん一人もいないと思うんだ。もちろん個々の警官のなかにはパンクが好きで聞いてるやつはいるはずたけど、だからなんだってんだ。いざとなったらパンクスなんて弾圧対象でしかないんだ。ACAB (All Cops Are Bastard) !!

総破壊の希望

2010
05-08
米帝、ギリシャ、EU、日本、中国、えとせとら、えとせとら。みんなまとめて崩壊してしまえ。欲深きホモ・サピエンスよ、欲をかいてかいて、破綻の序曲をかなでよ。われらの賃金をゴミクズへとみちびけ。さすれば汝の願いかねえられん。総破壊こそ再生の礎なり。

シャバの労働で疲れてんな。いや、憑かれてるというべきだな。ぺっ

「テラー」・イン・ザ・グリース

2010
05-07
火炎瓶だけじゃない。爆弾もです。昔から。

アナ
Synomosia Pyrinon tis Fotias (SPF); Συνωμοσία Πυρήνων της Φωτιάς; Conspiracy of Cells of Fire 火の細胞の陰謀
Nihilist Fraction 読んで字のごとし、ニヒリストフラクション
Symmories Syneidisis; Gangs of Conscience 良心的ギャング団
その他おおぜいのひとびと

ボル(RO-N17, Epanastatiki Pirines の系譜)
Epanastatikos Agonas (EA); Επαναστατικός Αγώνας; Revolutionary Struggle 革命的闘争
Sehta; Sect of Revolutionaries 革命家党派
同じくたくさんのドンパチさんたち

帝国人はどうせ座ってスペクタクルを楽しむために待機してるだけなんだから、いいかげん無責任に蜂起というのはやめたい。たとえ修辞にすぎないとしても、気のきいたフレーズのつもりでインサレクションがどうのこうのいうだけなのは、やはり恥ずべきことではないかと思うのです。もっとも恥ずべきなのは *分析だけ* の行為。

って、まるでてめーじゃねえか。ほら、釜の件で下獄者を支援してるのはほんの一握りの人らだけで、おまえら=おれらは消費するだけ。とっととくたばっちめえ。

──「どんなに困難でも私たちは闘争をやめない」(SPFコミュニケとパクられる細胞たち)

日教組×北教組=泥縄…?

2010
04-30
きつい提題ですが、すでに旧聞となりつつある例の件。北教組側も日教組にひきずられて起訴内容を認める方針に転換しましたね。あーあ、黙秘がムダになっちゃった。
 前の記事では日教組側の被逮捕者がうたっているようだと書きましたが、勾留中は黙秘だったとの保釈後の報道があるので訂正します。つーことは、逮捕・勾留以前に日教組側の被疑者がぺらぺら喋ってしまった(喋らされたのかもしれませんが)ことが致命傷になったわけですよね。これは勝手な推測ですが、逮捕直後に「不当弾圧だ」との声明さえ出した北教組の路線転換はこの致命傷が最初から効いていたんではないでしょうか。日教組側もはじめから法廷で争うかまえであったなら、北教組のこうもあっさりした屈服もなかったのではないかと思います。
 逮捕後の対応を見ても日教組側ははなから屈服という態度でしたから、北教組の敗北は、緊急事態に際しての意志一致ができていなかった教育労働者運動の一角における「闘う路線」の敗北といってもさしつかえないでしょう(もちろん教労の運動は日教組だけに集約されるものではありませんが)。上部団体が最初から腰砕け、(自分たちの側から出したものではないにせよ)ネタを最初から取られてるんじゃ闘えないという「現実的な判断」があったのでしょう。まさに苦渋の選択。
 やっぱり黙秘って大事ですよね。主体がバラバラという悲惨な状況での後退戦の経験はなきにしもあらずなので、救対担った人たちの苦労を思うと暗い気持ちになりますが、しかし……ちょっとヌルすぎやしませんか。とある貧乏人集団でさえ国賠で一矢を報いる(って失敬なものいいですまん)かまえでいたりするのに、資金も組織的体力もあるところがこんなんじゃ、根なし草のこちとら嫌味の一つでもいいたくなるってもんです。屈服するくらいなら最初から政治屋に資金提供なんかしてんじゃねーという天邪鬼な嫌味ですけど。まったく選挙なんかろくなもんじゃねえ。

(こっから長い余談)

こんなこといってたら自分にかえってきますね。それじゃお前はサミットホッパーで札幌に行ってなにしてたんだと。そうなんです。公安どもにトラックこわされてなぜか救対が修理代負担して(これまた奇妙なネジれです)そのままかよといわれりゃそうなんです。だって「闘う」主体が最初からありゃしねえというありさまでしたから、やり返しもクソもあったもんじゃねかったわけです。そもそも「闘う」ってなんだ?
 かりに国賠で反撃するのだとしたら、「あのサウンドでもの隊列」をつくった側から出すべきなのが筋ってもんですが(そういう話をその隊列の合流を受け入れた側=「外部」のこちらが、差し出がましくサウンドデモに関連してたと思われる一部には話をしたはずなんですが)、んなこたなーんも考えずにみんなさっさと散ったもんなぁ~。デモはただ楽しむ場。んなアホな。いや、力量の問題で泣き寝入りを選択せざるをえないような状況がままあることは重々承知してます。そうじゃなくて、反撃の可能性について考えもせずに消え去る「主体」のありようについてこだわらざるをえないんです。そもそもあのデモの参加者にゃ反撃の必要性すら意識されていなかったわけだから。その場で「警察かえれ」気分だけ満喫して。事後に反撃できないならできないという結論をだす集団としての主体がなにもなかった、いったいこれはなんなのか。「アナーキズム」とかうかれながら「闘う」主体性が全然ない、いったいこれはなんなのか。別にビンなげたわけじゃねんだし、ただデモってトラックこわされて修理費を負担させられたということのみにしぼってやりゃ法廷で勝てる要素はかなりあったのに、主体が起つ見込みがない状況のために救対のほうもそこまで踏み込めず散る。オトシマエをつけようとする主体なんか「反G8」のどこにもなかった。ぐあーーーー! よそさまへの弾圧を見るにつけ、こういうことをいつまでも考え込んでしまいます。ほんとろくなもんじゃねえというのを弾圧されてようやく自覚したりするテイタラクという。つーかしつこいなおれ。

なにをいまさらアフィニティ・グループ

2010
04-18
また「だれそれが最初にいった」話に遭遇。
「Up Against the Wall Motherfuckers (UAW/MF)」って?(ざっと箇条書き):
(中略)
・「アフィニティー・グループ」という用語は、かれらがはじめて使用した。
(中略)

Motherfuckers!
えー、これはIRAのナリタさんが『Motherfuckers!』という本を紹介しているテキストのなかにある記述なんですが、たぶん en.wikipedia の UAW/MF の項目からの抜粋でしょう。でも、アナキストの組織形態としていう親和グループ(アフィニティ・グループ)という概念や言葉は19世紀からあるんですよね。
 言葉をリヴァイヴァルさせたのが UAW/MF だったということなのかもしれませんが、「だれそれがはじめて」という(手柄顔の)名乗り・名指しってなんかね。誰が最初にいったからえらい(だから特記する)とか、そんなことじゃないと思ってしまいます。社会運動にまつわる「発明」だの「起源」探しだの、ヘタしたら運動をなるべく共有物にしようとする態度への敵対行為になっちゃうから。そんなの誰だって望んでないはずです……「運動」にかかわってるふりしてセールスポイントを稼ぎたいアカデミシャンを除けば。

で、そのアフィニティ・グループについての en.wikipedia の項目をみていくと、これ、マレイ・ブクチンの議論の引き写し。だから親和グループはスペインのアナキスト運動の……というアレがそのままになってる(笑)。こういうの参照して鵜呑みにする人でてきたら、それこそ不幸というもの。
 ブクチンはスペイン革命を参照する過程で、親和グループというアナキストの結集形態にいきついたのだと思うけれど、それはスペインに限定されるような局地的な実践じゃありません。19世紀のヨーロッパにおいて、アナキストの運動にひろく見られたものです。てゆーか単に行動的なアナキスト組織の代名詞として、親和グループ(つまり同志集団)といっていただけのことです。ブクチンにしたって、たんに「ここがはじめて!(すごいでしょ)」の紹介としてスペイン・アナキストのグルーポ・デ・アフィニダ(grupo de afinidad)に言及したんじゃなくて、インター以来のスペインにおけるアナキスト運動の展開の過程を説明するために取り上げたんだと思います。勇み足で、現代的な「フラット」な運動の組織実践の源流と位置付けようとしたところがあるにしても。
 親和グループという形態素について考えるとき、まず第一インターに結集したアナキストのグループから検討する必要があると思います(インター以前からともいえるけど)。たとえば、第一インターのなかにはバクーニン派としてジュラ連合が存在していましたが、この連合内部の諸グループなんかはまさにそうだったと捉えるべきでしょう。あるいは、パリ・コミューンに結集した戦闘団としてのいくつかのグループもまさしく親和グループとして存在していたはずです(アナキスト、ブランキストのグループの別をとわず)。少なくとも、パリ・コミューン以後のヨーロッパで「行為による宣伝」(いわゆる「テロル」)時代に動いていた行動者グループくらいは親和グループの典型としておさえてしかるべき。
 だからこそ19世紀末から20世紀初頭にかけて台頭したフランス・サンディカリスムのなかで、アナキストは尖鋭的な結社の運動に窒息するのか、大衆運動としての労働運動にくわわるのかという議論が闘わされた経過があり、アナキストの結集形態としてのグルーペ・ダフィニテ(groupe d’affinité)の失効などがいわれたのです(もともと行動者集団にいてサンディカリストに転身したエミール・プージェの提起など:フランス語読める人は Quand des étudiants "inventaient" le syndicalisme révolutionnaire あたりを眺めるといいかも)。
 ようするに、昨今の局地的な北米発の親和グループ言説と、日本における現代思想的ジャーナル上のその紹介は、過去の議論のなかでさんざん叩かれてきた亡霊を不完全にあるいは恣意的に復活させたものにすぎないともいえるわけです。もちろんサンディカリスムにはサンディカの罠があるわけですから、「ものとり組織」批判として対置されるべきところの親和グループ議論であるなら、それこそいにしえの議論に再接続する有効な論争になるかもしれませんが、そうなってはいません。むしろ過去を切断する「新しいなにか」と位置付ける向きの方が多く散見されます(ただしこれは北米の「新しいアナキスト」と日本におけるそのエピゴーネン界隈でのことであり、ヨーロッパなど他地域の諸運動における言説状況を追跡したものではないことに注意)。
 てゆーか、日本に紹介するならするで、なんで戦前の純正アナキスト(全国自連、黒連)とサンディカリスト(日本自協)の対立についてふれて「温故知新」をはかろうとしないのでしょうか。日本で親和グループっていったら黒色青年連盟に参集した個々のグループがまさにそう。もっとさかのぼれば、ある時期の平民社だってそうでしょう。労働者たちと膝をつきあわせて談合した大杉や山川-寒村らの初期のサークルも。こんなの、ちょっと考えりゃ分かること。まあ鳴り物入りで紹介するには、過去にいわれてきたこと、実践されてきたことの焼き直しなんだなんて注釈したくないのかもしれませんが。

ともあれ、いま喧伝されている(とくに北米での)親和グループ議論は、往年の議論とは自らを切断したままの「思いつき」レヴェルのものです。歴史はぐるぐるまわる回廊のようになっているのに、そんなことにも気付かないテイタラクはいったいなんなんでしょうか。あるいはそのふりをしているだけなんでしょうか。海外における親和グループか利益グループ(サンディカ)かという理念的な議論の日本への紹介は1972年にも行われていますが(田中正人「アナルシスムと革命的サンディカリスム」『季刊 社会思想』第2巻第2号、1972年7月)、こういう「古い」議論にあらためて当たらなきゃならないなんて徒労もいいところです。でも一部の「新しいアナキズム」言説こそが、そういう徒労の舞台をセッティングしてるんですよね。なんのためにかって、ようするにメシのタネなわけでしょ。笑止。
 わたしのようなボンクラには学術的なサーヴェイなんてする必要は必ずしもないけれど、先人の議論の焼き直し、あるいは車輪の再発明にすぎないのに、まるでそう発言すればなんらかの地歩が占められるかのように「親和グループというのはね……」と語りだす「小文字のアナキスト」たちの厚顔さには、やはり一々「場所取りゲームなんかやってんじゃねえよ!」といってやる必要があると思います。だって学者だとか有名人の話を鵜呑みにする不幸な人々がいるんだもの。そういう奴隷根性は、いうまでもなくアナキズムからかけはなれた心性です。なんでも疑ってかかるのでなくては。(この記事だって疑って当然)

そもそも、いまこの状況で、親和グループがどうしたとかゴタクを並べていられる余地があるのかと考えると、とてもそうは思えません。意味の収奪や机上の理念いじりばかりで、「現場」で「責任」をひきうけようとする「主義者」的な主体がほとんどどこにもねえってのによー。

「大文字のアナキスト」(ってなんだよ! グレーヴァーこのやろう!)と侮蔑される「古い」タイプの人間からの、苦言でした。ちょっと愛情が足りなかったかな。

コストをかけて生きろ、職能なんかくそくらえ!

2010
04-07
「職能」に生存の技術と尊厳をみいだし、喧伝する知的「健常者」がいる。ではその「能力」をもたない人間は社会に生きる価値もないのか。変革主体が「手に職」「能力ある人」(しばしば「人=男」)だというなら、サンディカリズムと同じ陥穽にはまるほかない。いきつくさきはコーポラティズムという全体主義だ。

われわれに必要なのは職能ではない。えらそうにかたる主義者でもない。われわれがわれわれ自身を組織しようとする水平性だけが必要なのだ。もちろん、このように語ったところでなんにもならない。語りさえすればよいというなら、この社会はとうに変わっている。

われわれボンクラのゆくてには困難だけが待ちかまえている。「できる」やつが「できない」やつを支配しようとする「健常者」的秩序の度しがたさのただなかで、われわれは闘争しなければならない。主義者、くたばれ! 健常者、くたばれ! 労働者、くたばれ! おれ、くたばれ!

おはようございます。きょうも朝から晩までなけなしの「職能」にすがって賃金労働です(笑)。ほんとむかつくぜ。

adiaŭ

2010
04-04
『アフタヌーン』という月刊漫画誌に「ベントラーベントラー」というSF漫画が掲載されていたのですが、現行号で最終回でした。それまではそんなそぶりもなかったのに、最終回では「共通語」としてエスペラント語が登場していました(タイトルになっているベントラー ventla ということばそのものはエスペラント語にも取り込まれていますが)。エスペラントが「エスペーロする人」、つまり「希望する者」だという意味の紹介まであります。なんと重要なセリフもエスでした。

adiaŭ さようなら

意味深ですね。この漫画作家、戻ってくるのかな。って気のまわしすぎか(笑)。

母語との関係において共通語とするのはどうか、補助語(橋渡し語)と位置づけるべきではないかという提起がエスペランティストのなかにはあるのですが、シーン展開だけでなく登場人物のセリフのなかにまでエスペラント語が使用されている商業誌掲載の漫画ははじめて見たので、インチキ・エスペランティストとしてメモしておきます。じゃ adiaŭ、じゃなかった ĝis!(またね!)

4/5 10:30 追記
友人のツッコミをきっかけに adiaŭ と ĝis について調べようと検索したら、すぐによい解説が見つかりました。もしかして初級教科書レベル?
de vorto al vorto (2) adiaŭとĝis revido

Dovecot+ManageSieve と Roundcube+SieveRules

2010
03-30
前の記事のつづき。

SieveRules プラグイン、動かなくて当然だわ。だって imap サーバ動かしてる Dovecot のバージョンが古いままで、ManageSieve のサービスが稼働してねんだもん。デフォルトの設定でポート2000を使用するのはこのサービスで、Roundcube の SieveRules プラグインはただそれをリッスンしてただけというオチ。

というわけで Dovecot を新調して、Sieve まわりで必要最小限の設定。よっしゃ、起動を確認。ただしフィルタのルールを書いてないので実質的にはまだ動かせてない。つづきはまた明日以降。息切れしたりして。

ちなみに Debian の Dovecot はいつからか pop3d と imapd で分割されてんのね。設定ファイルが古いもののままでも動くけれど、やや修正をかけておいた。サンプル見るとえらく設定項目(機能)がふえたような気もするけど、これは気のせいか。


:D

noiz

Author:noiz
vivu anarkiisma komunismo!

ちかごろ

けんさく

せんでん

Guilty for Brutal Pigs! Release All Protesters RIGHT NOW!

Free the Belgrade anarchists!

ふせん


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。